[悪書]若田部昌澄(2003)「経済学者たちの闘い」東洋経済新報社3>
話題になった若田部昌澄(2003)「経済学者たちの闘い」東洋経済新報社を読む。非常につまらない本で、どうして受賞したのか良く分からない。開発経済学のイデオロギーって?経済学史専門家になっているけれど、開発経済学の歴史を知らないのだろうか。植民地主義がもともとの開発経済学のイデオロギーなんですけれど。。。イデオロギーのレッテルを貼って、赤狩りみたいに批判するのではなくて、具体的に批判して欲しいもんです。
主要な点ではないですが、著者は「伊藤元重がミクロの問題に節制して、マクロに口出ししていない」と考えているようですが事実に反します。彼はインフレターゲット論者で日銀政策を批判しています。自分の政策や思想と同一の陣営についてはすこぶる甘い評価のようです。伊藤元重は過去に流通の革命企業としてダイエーをさんざん持ち上げた人です。その後ダイエーがどうなったのかくらいは若田部氏も知っているでしょう。
一番問題なのは、大して論拠や実証結果も示さずに、基本的に市場が正しいとして、その実証責任は市場経済信奉学者にはなく、反対に幼稚産業保護などの実証責任は開発経済学者に帰す考え方でしょう。市場経済を導入して開発に失敗した歴史事実は枚挙に暇がないので、公平を期して言うなら、この説明責任は市場経済信奉学者にしてもらわなければなりません。この説明責任を果たしている研究があるのなら明示してもらいたい。そういう説明責任を果たせないからこそ、どちらかといえば主流派経済学に近いStiglitzやEasterlyが、混迷の書物を書く結果になっているのでしょう。
規制緩和に反対ではないですが、著者の反論の類にはうんざりします。彼の論理からすれば、保護政策が経済的に十分費用のかからない事を証明する責任は保護政策論者にあるのだから、規制緩和が弱者を傷つけないという証明は、規制緩和政策の推進者側にあるはずです。マクロの経済成長はマクロの貧困削減に役に立っているという意味では貧者・弱者の役に立っているという実証研究はあります。規制緩和が経済成長に役に立つというのはあまり実証されていません。制度設計次第の側面が強いです。規制緩和して、マフィアが合法的に麻薬販売できた結果、経済成長しても意味はないので、そうした成長経路が明示されない形で、「規制緩和→経済成長→貧困の緩和」式の論理で、規制緩和政策すべてを正当化されても、怠慢としか感じません。
また日本のこれまでの「傾斜生産」式の産業政策は、民間の経済活動の妨害に他ならないとの見解もあります。しかし、相田洋(1997)「電子立国日本の自叙伝」NHK出版で示されているように、郵政省の執拗な品質の要求が後の民間企業の信用回復に役立ったなどの事例も多々あります。この手の有名な事例としては自動車の排出規制があるし、異なる成功例として政府主導の半導体の共同研究という事例もあります。大切なのは、政府も民間も失敗するという現実的な認識です。
どうやらこの本は前半は「規制緩和=構造改革」性善説、後半は「インフレ=ターゲット」性善説の主張のようです。著者の論理に従えば、経済学の有用性がうまく伝わるように経済学者中の経済学者であるリカードを見習って、20頁程度のパンフレットにまとめてほしかった。こんな長く書いても中身に乏しいから、読まされる方としては不愉快に思います。
後半でも不備な論理は多々ありますが、後半の主張の最重要な争点となりうる「インフレよりデフレの方が悪い」という議論は切れ味がまったくありません。どの程度のインフレとどの程度デフレが等しい悪と考えるのか、著者は明示すべきではないでしょうか。現在の1-2%の日本のデフレは悪だとするなら、その証明にイギリスの10%以上のデフレの例を出すのは公正ではありません。また、インフレ・ターゲットは1-2%のインフレを目標にするのだから、1-2%のインフレの方が1-2%のデフレより正しいことを実証してもらわないといけません。日本のデフレは上方バイアスがあるそうですが、そうした研究はたくさんあるとしながら、ひとつも論文を明示しないのも感心しません。また、それがどの程度なのか明示していないのも気になります。こういう手抜きは止めて欲しい。いい加減な猪瀬直樹の三島由紀夫論を読まされている気分になります。
専修大学の野口旭にしても元マルクス経済学者で、最近になってIS=LM分析を振り回すようになった方だし、池尾和人に至っては論文「盗作」の噂も出るほどのお方です。もう少し、きちんと具体的な数字と実証研究例を積みあげた上で、理論的、論理的に筋道をつけた上で、さらに分かりやすく比喩を巧みに用いて、物語を構成するのならともかく、こうした乱暴な議論による批判と同じ心情の人の慰めあいだけなら誰でも書けます。
実際問題として、私は構造改革は景気の良い時に行うべきで、景気の悪い時は不況産業からの失業者を出しながら、(将来成長の見込める)指定産業に対する金融緩和・財政支出による景気回復策を取ってより好ましい産業への転職を促す方が正しいと思っており、短期的に効果のない規制緩和策は実際的な経済政策とは思いません。本書中もデフレ中に構造改革するなんてけしからんという旨のケインズの叫びが取り上げられていて、著者はケインズを正しいとして描いています。規制緩和政策は景気のよい時期に着手し、日本の10年程度の長期政策としてスケジュールを明示した上で、その後の景気と関係なく行う政策だと私は思います。これは政策の有効性や民間が政府の政策実行の期待を損なわないためにも、そうすべきだと考えます。デフレ対策については行うべきだと思うし、「インフレよりデフレの方が悪い」という感覚もありますが、著者のような乱暴な議論には全く賛同できないので、もう少し別のきちんとした説明を考えたいと思います。