[良書] 山森亮(2009)「ベーシック・インカム入門−無条件給付の基本所得を考える」光文社新書
久しぶりに最高品質の新書を読んだ。これほど読み応えのある経済関係の書物は単行本でもなかなかお目にかかれない。関心分野に関係なく、現在の社会に疑問を感じている人すべてに読んで欲しい。
いくつか、マスメディアが報道したがらない重要な事実や統計をまず列挙しておこう。
生活保護を受給できるはずのうち、実際に受給している世帯の割合を示す数値に捕捉率というものがある。日本は諸外国に比べて極端に低い(図表2、31ページ)。こうした制度の性質上、100%というのは難しいものの、多くの国で50%は超えている。ところが日本は20%前後といわれている。
また、36から37頁にかけて著者は、2006年10月7日の日本経済新聞が、最近の1996年以降のデータだけを意図的に抽出し、一ヶ月平均の生活保護受給世帯数が右肩上がりのような情報操作を行っていることを非難している。実際に2004年まで総人口自体が増加しているのだから、他の条件が一緒でも右肩上がりになる傾向がもともとこの統計数字にはある。しかし、実際に、1952年から統計を取れば、何回か増減を繰り返していることを図表4(37頁)に示している。
図表5(39頁)では、公的扶助手当ての現金支給総額がGDPに占める割合(1980-92年)を示して、OECD諸国中、統計の取れる国では日本が最下位であることを指摘している。
こうした日本の情けない実態の一部を余すところなく指摘しており心地よい。財務省官僚にこれらの統計数字の妥当性を説明させた上で、憲法で保障されている生存権などの人権意識をどう考えているのか、を問うてみたくなる。
この本で指摘されて、なるほどと目から鱗が落ちた事柄がいくつかある。
まず第一に日本の経済学者が明確に意識していない事柄の指摘である。M.Friedman の負の所得税などは、上級の経済学のテキストで触れられているし、彼が右派の経済学者であることも常識である。ガルブレイスが「豊かな社会」の著者であり、左派の経済学者であることもおそらくよく知られている。しかし、両者がベーシック・インカムに関する議論で意見が一致していたという点はあまり知られていない気がする。
それから日本の経済学者は、中谷巌あたりがCEOなどで金儲けに走った頃から、他の金融機関の年俸より教授職の給与が安いことを嘆き、やっかみ、経団連などにおもねる輩が急増した。経営者に都合の悪い事柄を指摘する根性の座った経済学者はほとんどいないという嘆かわしい状況が今の日本の経済学界の実情ではなかろうか、と危惧する。
少なくともアメリカですら、こうした学術レベルでは、いろんな研究に対して、一流の学者が真面目に取り組む土壌がある。
この本の難点は一箇所だけである。エズラ・パウンドの詩の引用は無用であった。ケインズ経済学の考え方とエズラ・パウンドのケインズ経済学の理解が間違っている点や、後のケインズの社会保障の考えを説明する上で比喩としてもほとんど役に立っていないためである。
<2009.12.27記>