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[普通] 山森亮・橘木俊詔(2009)「貧困を救うのは社会保障改革か、ベーシック・インカムか」人文書院

 前回、経済関係と書きましたが、山森亨は社会政策学者のようだ。著者紹介欄が経済学部卒で、経済学部の教授のように書いてあったものだから、・・・。この本は対談集なので、新書より読みやすいのかと思ったが、かなり専門的な知識がないと読みづらい内容になっている。一応、対談の下に必要な解説はあるけれど、・・・。

 橘木俊詔の議論は興味深いものが多く、データの取扱いはともかくとして先見性や社会的な問題に取り組む姿勢には参考になる点も多い。しかし、これを読むと、経済学者の中では制度通と思っていたが、社会学者ほどではないのかと残念に思う。

 もちろん、他の多くの経済学者はよりひどい制度音痴、法音痴なので、まぁ仕方ないのかもしれないが、・・・。対談集なので、あまり細かい事を言ってもしょうがないのだが、学者の意見としてないから、議論していないみたいな記述が180頁にある。ちょうど私が最善と考える案がないとされているのが残念である。私は、移行費用など真面目に考え、既に運用実績があることなどを考慮し、新制度による混乱も少ないと考えられる制度セットは次のようなものではないかと考えている。年金は積立方式へ移行、生活保障は負の所得税、財源は累進所得税(最高税率70%)と相続税の強化・株などへの課税が原則で、不足分を消費税という案である。推計するほど暇ではないので、学者の意見がないなどと言わず、橘木さんに是非試算していただきたい。

 この本で意図的に避けている話題がある。本来、年金は長年、修正積立方式と称しており、いつか忘却したがある時から大蔵省(現在:財務省)の官僚が開き直って、実質賦課方式であるから、世代間の支え合いとして払って欲しいと訴えだした経緯がある。その頃から年金の不払いが増えた。この歴史がすっぽり抜け落ちて議論されると、とても違和感がある。橘木氏が税方式を押すのは構わないが、174頁に書いている2番目の反論:「保険料方式のほうが自己責任の原則が与えることができていい」というように、この問題を矮小化されるとあまりに政治的な気がする。

 それから橘木氏の意見で明白におかしな点がある。橘木氏には、既得権益は必ず悪という考えがあるらしい。積立方式として信じて年金を払った人も、制度改革の名目で、その権利をちゃらにできるのが良い改革というのは明らかに間違っている。国民年金の問題を話している時に、アメリカのGMという企業年金の例で正当化されても迷惑だ。政府に政府保証のついた保険に加入して既得権益を得た人にその権益に対して補償なしに制度改革する権利を与えるべきだと言う橘木氏の主張は、国債の債務を放棄する権限を政府に与えるべきだという主張と変わらないと分かって発言しているのかなぁ。財務官僚は喜ぶかも知れないが、異常な感性をお持ちのようである。

 介護事業に関しては、両氏とも大したアイデアをもっていないようである。最低賃金の話をされていたが、もともと国家資格をもたないと事業に携われない労働の賃金が低すぎるのは問題が多い。労賃の低さは裏を返せば、介護サービスの価格が低すぎることが要因なのであり、ここを値上げして、まともな労賃を確保するような介護福祉のビジネス・モデルを考えなければならない。それまで、両氏は同一内容労働の同一賃金を主張していたわりには、ここでは急速にトーンダウンしている。

 どのような介護サービス価格にすれば、事業が成立するか計算した上で、介護サービスに対する保険負担、自己負担を決めることになるだろう。最低賃金だけで解決するような問題ではないことは素人目にも明らかである。両氏は同一内容労働の同一賃金を主張していたのに、専門知識も体力もいる介護の仕事は低賃金になるというのだろうか。そうだというのなら、同一内容労働の同一賃金も良い政策とは言えまい。介護は市場になじまないというがそうは思わない。低所得者も介護サービスを受けられるべきだというのは分かるが、そのために一律に介護サービス価格が低くなければならないと考える必要はない。また、特定の老人の介護に関する料金が低いと、そのサービスを受けようと制度を悪用する人が増える。他の所で論じたが、本当は金持ちで身寄りのある老人が、痴呆を理由に戸籍をはずし単身老人世帯の要介護者にして、公的養老施設に姥捨山のように放り込む連中がいる。こうした人が多いと保険方式の介護モデルは破綻せざるを得ない。介護に関する両氏の考察は非常に柔軟性が欠けているのにがっかりした。

 山森氏の提唱するベーシック・インカムはある程度、妥協の産物のようである。もう少し、ラジカルな提案かと思ったが、・・・。社会政策学の多数派意見は、ベーシック・インカムの財源は定率所得税、山森氏は定率消費税、マイナー意見に累進所得税だそうである。私の意見としては累進所得税、社会保険に関しても両氏とは異なり、アルバイトに至るまで何の加入制約も設けずに、健康保険、年金保険、雇用保険の加入を法律で義務付けるべきと考えている。違反企業には業務停止を含む罰金を科し、それを被害を受けた労働者に給付する。また、財源の問題は、健康保険、年金保険、雇用保険の給付を労働時間換算にすればいいだけの話ではなかろうか。不足分は高額医療負担制度などがあるのだから、制度設計次第でどうとでもなりそうである。ちなみに高額医療負担制度も大した所得制限(3段階)はないので、ベーシック・インカム的である。これも厳密には、保険料式の医療制度を崩壊させている要因であり、高額所得者・大資産家優遇制度なのだが、指摘する人は少ないねぇ。やっぱり学者って大して制度のことを知らないんだなぁ。

<2010.3.2記>

Kazari