[悪書] 松本仁一(2008)「アフリカ・レポート」岩波新書
はじめに結論ありきの本で低質である。アフリカの縮図として現地政府の「腐敗」を原因にあげてアフリカの政府の無能をあげつらう書物になっている。
通常、このような結論ありきの本でも、大抵は統計などによる正当化を試みるものであり、統計自体は役に立つこともあるものなのだが、この書物はあまりに恣意的過ぎて何の参考にもならない。例えば、南アフリカにおいて、賄賂が取れない資金源は使途の制約が厳しい(内容は明示無し)ため、貧困者用の基金(金額だけ明示)があるのに活用されていないと書いた直後に、一大臣の公金着服をあげつらうなど、書き方にも問題が多い。どのような使途の制限があるのか、その制限があるとなぜ資金が使われないのか、まるで記述しないのは調査不足のゆえか。
歴史叙述も都合の良い部分の歴史解釈を述べているだけで、手抜きもいいところである。例えばジンバブエでハイパーインフレーションで経済が破綻したのは事実だし、この時期のムガベ大統領に問題があるのは事実である。しかし、それを腐敗の一言で片付けるのは明らかに手抜きである。なんせ、著者も認める1983-85年の旱魃乗り越えという快挙を成し遂げているし、独立後10年間は順調だったと著者自身が述べている。にもかかわらず、旱魃の乗り越えの要因を農事普及員と白人農家に帰している。もともと貧しかったのは、白人農家による搾取が激しかったから独立戦争をしたのだし、戦争に負けたから白人農家も黒人に協力するように変わったのである。それに、農事普及員の活動を認めたのもムガベ大統領である。この点を著者がどう評価しているのか、記述がない。同じ人物が良い政策と悪い政策を行い、後半の悪い政策だけを見て、アフリカの縮図がジンバブエののように言われては迷惑である。
腐敗の原因としては、植民地時代の無理な国境線、根強い指導者の部族優遇、公の欠如など挙げているが、ジンバブエの独立後の10年や南アフリカを説明できない。
IMFやWorld Bankによる貸し出し制限は深刻なものがある。社会主義政策への制限、財政支出の制限いずれも厳しいが、こうした事に記述ゼロなのも意図的な気がする。もともと資本主義政策を取らないと、アメリカから執拗な嫌がらせが行われる。財政支出の制限とくに公務員給与の制限を条件とした援助によって、アフリカではクーデターが起きたと言われている。この点に言及がないのはレポートとしておかしい。
政府予算に関して、使用の制約など何も調べずに、政府の無能を指摘するのは、悪意に満ちている。教材も業者の自由競争にすべきだという諸外国の圧力があれば、援助資金を当てにしている途上国が、教科書を無料化するのは非常に困難である。一時期は民活化のために、先進国の企業の公的部門へ参入が激しく、その結果、水道などの貧困世帯へのアクセスも失われたケースはアジアでも珍しくない。また、その結果、先進国企業が自分の受注にしようと賄賂攻勢に出たことも有名な話である。この場合、賄賂を要求する政治家が悪いのか、渡す多国籍企業が悪いのか、よく考えてみる必要がある。そもそも援助資金に、特定の「資本主義」バイアスをかけなければ、社会主義的な政策も行えるが、現実はそうなっていない。こうした事実を歪める本を書くのは、朝日新聞の低能な記者が、ODAをゼロにしたい野望やそうした支援者でも持っているのだろう。
新植民地主義の責任も現地政府になっている。これほどの極端な本は珍しい。セネガルに送り込んだフランスの行政顧問は、セネガル単独で排除可能と著者は断定しているが、根拠を示してはどうだろうか。次に中国が新植民地主義の担い手とされ、ここでは中国の批判に終始している。えっと現地政府が悪いのではなかったでしたっけという感じで、数行前の自身の文章の論点も一貫できないらしい。アフリカ政府は人材育成にせいをだすべきだったとの結論を書いているが、そのための教育予算を援助でどう手当てできると著者は考えているのだろうか。教育は国が無償で行うなら、教員の給与は公務員給与の扱いになる。財政赤字を抱えるアフリカ政府に出資するIMFや世銀などの国際機関は、こうした用途に資金提供したがらない。財政赤字をなくせ、財政均衡させよ、市場主義を導入しろとアフリカ政府に主張する。そうした側面をまったく記述しないのはフェアではない。また、先進国でも、財政均衡主義や市場主義から教育予算を削ったアメリカと日本では、学力が低下した。教育予算をかけずに、人材育成に失敗するのは、途上国特有の現象ではない。
全体的に、この著者は、とても偏った取材から、自分の好みの事実だけをつなぎ合せて、はじめから現地政府の責任にしている。もし、セネガルのダム建築において、アフリカ開発銀行の最大出資国が日本であり、フランス行政顧問の排除が重要というなら、日本のセネガル援助の条件に、フランス行政顧問の排除を入れれば解決する問題なのに、そうした政策提言がなく、セネガル政府の自己責任だけ指摘するのはなぜだろう。
このような劣悪な新書を読むくらいなら、JAICAあたりから無料で公開されているアフリカの報告書(PDFファイル)を無料でダウンロードしたほうがよい。
<2010.9.9記>