書評


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[普通] Thomas Hoving[著]雨澤泰[訳](1999)「にせもの美術史」朝日新聞社

 元美術館長が書いた本。内容的には偏りがあるが、いくつか記録しておきたい文章があったので、以下に引用してみた。

「専門家や学者のなかに、手間隙をかけて贋作を暴露したり、活字媒体に発表したり、疑問符のつく修復美術品を公表したりする人間をほとんど見かけない。」(p7)
「1.鑑定家、贋作者、そして贋作をどう語るか」より
「それにしても、なぜ有識のコレクターや、経験豊かなキュレーターがだまされるのだろうか。その答えは、三つの言葉で足りるように思われる。ニード(需要)、スピード(速さ)、グリード(強欲)である。」(p14)
「まず、世界はだまされたがっているということ。
もうひとつは、贋作について学びたければ、贋作者と接触するのが一番よいということである。」(p16)
「5.ヴィクトリア朝のペテン」より
「芸術的絵画のくだらない二束三文の模写に、オークションで信じられないほどの高値がつくという詐欺行為ほど、ひんぱんに暴露される犯罪はない」(p96)

 「はじめに」で述べたとおり、学者や専門家にはいないのかもしれないが、「5.ヴィクトリア朝のペテン」で述べたとおり、ジャーナリストにはたくさんいるらしい。嘘を書いているわけではないが、詐欺師の典型的な技術を見て吃驚した。「世界はだまされたがっている」というのは誇張表現な気もするが、理解したいがゆえに単純化を好むということは往々にしてあるので、一抹の真実を含んでいる。また、贋作者と接触するというのは、古文書などを通じてのことか定かでないが、方法論としては確かなものだ。

 本書の良い点を書いておこう。美術品の真作から贋作に変わった事例を複数知ることができる。どの贋作者が新しい贋作技術を導入したと考えているのか、比較的詳しく書かれている。美術品収集家の見栄や欲望による贋作収集についても詳述されており参考になる。著者自身が贋作をつかまされた経験も書いている。贋作者エリック・ヘボーンによる暴露本の存在とその要約が書かれている。贋作者の中で別格だった二人ジョヴァンニ・バスティアニーニ(-1868:38才没:フィレンツェ)とブリジット・ララ(メキシコ)を紹介した上で、特に前者における作品の画家への報酬、詐欺の胴元の画商が得た実際の販売額が何例か書かれている。(例A.650リラと1万リラ、例B.350リラと(700フラン経由後)1万3600フラン)

 では悪い点を。この書物が過去の模作を一刀両断に贋作と決め付けがちな点はよくない。最終的に出自が不明瞭になっている美術品は、たしかに美術館長として真贋を見極めなければならなかっただろうし、その時の苦労も大変だったであろうことは理解している。しかし、過去に模作が行われているものをただちに贋作としてマイナス評価するのは行き過ぎである。現在の私たちは、コピー機で複写されたレプリカを眼の保養として部屋に飾ったりする。所得の低い人にとってはありがたい安価な模造美術品である。昔の人が同じように美術品を愛したならば、コピー機がないから当然、画家による模写になっただろう。その時の模写の出来いかんで、値段が違ったであろうことも想像に難くない。現在、模写を承知の上で購入された商品が、その出自不明となって出回ることもあるだろう。それを悪用する商人もいるだろうが、当時、模写した人がすべて悪意にもとづいているわけではないだろう。別の似た手法で描いた画家の作品をより有名な画家の作として売った詐欺師やその詐欺師に騙されたジュソンヌ博士の事例も書いているので(p93-4)、もう少し、他の事例も謙虚に見る必要があったのではないか。

 もうひとつ美術品に対する考え方として、古い巨匠の手がけた作品を当時の巨匠が手を加えた場合、美術品の価値が高まるというものがあるが、これに対する説明が一切ないのも一方的な気がする。現在の著作権がらみの観点から真贋でものを見過ぎているため、美術品本来の価値に関しては正しいのか疑問もある。さらに、修復に関してオリジナルに忠実でなければ、その美術品の価値はなくなるという価値観は、きわめて現代的なものである。この価値観が正しいという根拠もさほどないことは注意が必要だろう。文学の翻訳では古い訳より現代語訳の方が圧倒的に需要がある。絵画についても、色彩回復前のくすんだ色より、回復後の絵画の方が圧倒的に人気があるだろう。現在の日本にある仏像は、色彩は回復しない、古びたままが最も価値が高いと考えられている。銅像ならどうだろうか。外部で酸性雨にさらされたボロボロになったものより、きれいなものから鋳型を取って複製したものの方が尊ばれるだろう。現代の美術品に対する価値観を見比べても、これほど多様に並存しているのは驚くべきことだが、本書はあまりに単純化しすぎている気がする。

<2010.9.17記>

Kazari