[普通] 橘木俊詔(2004)「脱フリーター社会」東洋経済
フリーターに対する偏見は橘木自身にもあるようだ。特にフリーターに対して書いてある内容に対しては違和感を覚えるし、大学への実学重視もお門違いな考えである。バブル崩壊以前から、アメリカ型株式市場化が進むに伴い、労働市場でも急速にon jobトレーニングは減少の一途を辿っている。現在では、ほとんどの企業は、必要最小限のon jobトレーニングにしか行わない。バブル崩壊後に奇怪なのは、内部留保を積み上げたような企業は、経営者の無能はまったく鑑みないで経営者の給与を上げた割に、労働者に対しては、国際競争、倒産の危機、正社員であることのあり難さを恩着せがましく説教した上で、労働者負担によるoff jobトレーニングを半ば強制し、サービス残業を強要し、給与水準をあげなかった結果、企業内でも相対格差が広がっている点である。
一方、フリーターの法的地位が低いのを良い事に、企業は正社員とまったく同じ質量の仕事を与え、それを企業の内部留保や株主配分に回しているという実態がある。そうした企業の実態調査がまったくなされていないし、指摘されてもいない。
こうした現状を打破するために、小手先のワークシェア程度では、労働市場は改善しない。
一番必要なのは、フランスなどと同様に、労働日数に関係なく、すべての労働者(アルバイト含む)に、労災保険、国民健康保険、失業保険への加入を義務付ける法制に改めることだ。もちろん、失業手当などを、実労働日数に対する金額に応じて、支払額を可変させればいいだけの話である。現在の技術で、できない道理はない。よく手取りを減らすと脅して、法制化をけん制する報道に接するが、報道機関自体が劣悪な労働環境でADなどを酷使しているため、労働者の権利を無視したいから、そうした情報操作をするのだろう。
現行法制でも違法行為にあたるサービス残業は廃止させるために、法制の強化が必要である。例えば、抜き打ち調査の上、違反企業に対して、経営者の給与の減額、労働者のサービス残業への支払命令、更には課徴金を課して、その課徴金は失業保険の財源に組み入れるようするなどが考えられる。大企業など倒産の暁には、行政支援を受けることがあるのだから、その程度のことは公正の上からも問題がないだろう。
第二に、経営者と労働者との給与(基本給とボーナス含む、残業除く)格差に関する制限を設ける一方で、ホワイトカラー・イグゼクティブなどを廃止し、経営者の残業も労働者と同じ条件できちんと給与換算したらよいと思う。良い経営者はよく働くので、こうした事で必要な全体の手取りの格差はつくはずだ。
現行の雇用主が特に個人事業主などの場合、現行制度だと複雑怪奇な法制度になってしまう点を改善すべきである。現在の法制では、一人親方なら、労災保険に入れるが、一般の個人事業主は労災保険に入れないなど、日本の法制には現代社会の実態に見合わなくなっている制度が増加し続けている。特に大企業が契約社員に対して圧力を加えて、個人事業主との請負契約に切り替えるように強要してきた場合には、労災保険に入れるようにするべきである。さまざまな業種で、実質賃下げの一環として、上記のような現象が散見される。
第三に、政府が国家資格制度を作りながら、途中でその資格の下で働く人間の雇用環境を著しく低下させたり(例えば現代の医者)、低い状態に保ったり(法定弁護士)、資格制度自体を剥奪しようとしたり(通訳ガイド)、と労働者の人権を著しく傷つける行為を違法行為とするような法制が必要になってきている。
特に資格廃止などは慎重であるべきである。美容整形などの産業育成は現在、うまくいっていないが、それも質の低い企業参入が多く、悪いうわさが絶えないためである。観光立国や観光産業育成を考えるなら、ガイド資格をなくすことは、最大大手の旅行会社の利益をもたらすだけで、天下りできる一部の国交省の役人と大手旅行会社以外の多くの労働者を不幸にする制度変更になる。こうした変更によって、サービス内容も安定しなくなるため、産業育成に負の効果がある上に、海外からのガイドが基本と変わることで、日本人労働者が減り、外国の雇用が増える結果になる。あまり国策としてよいものではないが、国土交通省の天下り確保のため、審議が進んでいる。
労働経済学者として、正社員のサービス残業が雇用を圧迫している事、奨学金が不足している事を指摘している点だけは評価できる。ただし前者は、現在の企業が労働基準法を守っていないというだけの事であり、完全な法令違反である点はもう少し強調すべきである。そして、現在の政党政治で、この問題に真面目に取り組んでいるのは、日本では共産党だけという情けない状態にある。自民党政権は企業が倒産するといって、ここ数十年労働者に耐えろと言いつづけてきた。特に小泉政権がそうであった。民主党になって管直人は、雇用を最重要視すると言ってきたが、この問題にまったく真面目に対応していないため、期待できない。こうした点に真面目に言及していたのは、小沢一郎の方である。それから、後者に関しては、日本には公的な学資ローンがあるというだけであり、この学資ローンも、デフレであれば、実質金利は名目金利よりも高い状態になっている。20年くらいの返済期間で、3%名目金利でデフレ(0.5%)なら、300万円借りて、総額600万円程度返す計算になり、公的なサービスといえるか疑問である。学生支援機構は企業の寄付金をベースに、金利無しだけで運営できるように効率化すべきだし、そもそも、公的な奨学金として、フルブライトのように返済無しの奨学金を設けるべきだ。
最近は、経団連、マスメディア連合によって情報操作が盛んに行われるため、まともな景気回復論議が行われなくなってしまった。十分に低い法人税を減税しても、現在の景況にはほとんど役に立たない。そうした政策を吹聴するあたり、悪貨、良貨を駆逐する社会になりつつあるのかと思うと、情けなくなってくる。
<2010.10.15記>