書評


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[トンデモ本] 榊原英資(2008)「間違いだらけの経済政策」日経プレミアシリーズ

 読み終えてしばらく時間が経過してみると、あまりに内容に乏しいので、書くのも億劫になってしまいました。榊原という元財務官僚が如何に無知かさらけ出している内容の本です。論理性も乏しいし、政策提言もまったくの的外れです。この本を読むと、財務官僚は原子力推進派に属するようです。3.11以前に読んだとしても的外れなので、いくつか書いておきます。

 榊原の歴史認識にはかなり不備が見られますが、例えば、「WWII以降、これまで世界と日本が経験した主要な不況は需要不足によるもの」といった文章があります。バブル以前の事を書いた箇所なので、日本でも二回のオイルショック(供給ショック)、昭和金融恐慌などがあり、それを榊原がどう考えているのか分かりませんが、バブル崩壊以前の主な不況が需要不足というのは勉強不足としか言いようがない。日本はWWII以降の高度成長期が長いから、不況はそれほど多くないので雑だなと感じます。

 榊原によれば、今回の不況は金融危機と価格革命によるそうで、この価格革命とは、東アジア経済統合による良いデフレなのだそうです。本書によれば、これがマクロ経済モデルの予測能力を落とす主要因といっています。マクロモデルは一物一価なので、現在をうまく計測していないのだそうです。バカが専門書を理解できないから、分かるところだけつないだような論法です。

 榊原が指摘したマクロ予測モデルの問題点は、一物一価モデル、東アジアの経済統合を加味していないという2点だけですから、それならば、東アジアを含む産業連関表を使って、投入係数が変化するセミマクロ・モデルを用いれば、きれいに予測できなければいけないことになります。まず、榊原は知識不足だから、この東アジアの産業連関表が作られている事実、投入係数が変化する産業連関表による予測モデルの存在自体を知らないだろうし、その予測結果にしても芳しくないことも知らない事と思います。それと東アジアの経済統合はかなり長い時間をかけて変化しているので、バブル以降に急速に起きたかのように榊原は主張していますが、事実誤認です。榊原は本当によく調べもせずに出鱈目を書く人物ですが、マクロの輸出入だけ見て話すから変なことになったのでしょう。

 それから最近のマクロ予測モデルの当てはまりがよくないのは事実ですが、専門家でよく議論されている点は、(金融危機があったにも関わらず)「金融セクターの組み込みが難しい」ことが一番にあげられます。投資関数に株価を入れるという形で行われるのですが、大抵は、モデルの予測数値が発散する傾向を示してしまい、うまく入れられません。そのため、うまく入ると学術的な評価が高いからという、現実の政策に有益とか関係ない理由も一番にあげられる要因になってます。もうひとつよく言われるのは、金融危機のような構造的な問題が生じた場合は、マクロモデルというのは何らかの均衡モデルに過ぎませんから、不均衡な状態を反映させることが難しいという点が、(バブル崩壊以前の)昔から指摘されています。本書を読んでいると、榊原にはそうした計量モデルに関する基礎的な知識があるように見えません。

 それから、日銀がマクロモデルをベースに政策決定しているかのように、わざと誤読されるような文章が書かれており、非常に不誠実です。日銀は、短観という統計を作っているくらいだから、経済実態把握のベースは産業の積み上げです。マクロモデルを使っていたのは経済企画庁であり、現在の内閣府であり、財務省はあまりにマクロモデルに無知なので、10年位前にようやく自前のマクロモデル作りに取り組んだ程度の素人集団です。そのOBが役立たないっていうのは援護のつもりか知りませんが、なにもかも日銀のせいにしようとして、誤読を誘発するように書くのがけしからん。日銀の政策ミスがあれば、端的にその政策を批判すればいいが、日銀の政策決定の過程を誤読させるような姑息な手段は止めるべきでしょう。

 榊原にとって、現在までのデフレは良いデフレなのだから、財務省と日銀が行ってきたこれまでの金融緩和も円安政策が間違っており、それを容認したアメリカの経済政策も間違っていたと的外れなことを述べています。良いデフレという根拠は特に示されていません。そもそも総合物価水準の話をするときに、輸入卸売り物価にしか関連しない東アジアの経済統合を理由に、良し悪しの判断が出来るという論理自体が、経済学的に正しくありません。ISの同時決定を理解できない元経済企画庁官並みに頭の悪い榊原という人物が、どこから資金を得て嘘出鱈目をいうのか分かりませんが、国力を落とす内容を主張するのは実にけしからんことです。

 今回のデフレ不況で、起こっている経済現象は極めて資本主義の機能不全を示しています。例えば、デフレ局面で起こっているのは、高所得層に有利なデフレであり、低所得層には名目賃金が下がらなくても、インフレで実質賃金が低下し、生活水準が低下するような状況に陥ってます。これは各所得層が消費する財の違いに起因するものですが、生活保護世帯の増加、自殺者の増加と極めて深刻な影響を出しています。その一方で、円高の利益を主として獲得できるのも高所得層で(典型的には海外旅行、高い海外製耐久消費財やブランド品)、ほとんど享受できない低所得層が存在します。そもそも現在の円高は、他国に対して(経済学的根拠がまったくない)極端な日本への信頼からの投機が原因になっています。世界の富の不平等の拡大や、不必要な金融市場の肥大化が実体経済に悪影響を及ぼし始めているわけです。本質的な対策は、世界の資産格差を減らすこと、金融市場への規制を強化すること以外にはないでしょう。

 もうひとつ経済に絡んだ悪質な嘘として、東アジア経済統合が進むとマクロの賃金水準が下がるといっています。貿易している製造業に関してはそうなる分野・職業も一部に起こりえますが、普通は多国籍企業の形態でも、技術格差があるうちは賃金格差があるままです。要するにアジアとの技術格差がなくなれば、賃金格差も、もちろんなくなりますが、現在そのような状況といえるだけの証拠は統計上ありません。また、普通は貿易しないサービス産業の賃金が高止まりするので、落ちるかどうかも分かりません。日本で東アジアの水準に合わせて落ちているとするならば、本来禁止されているはずの単純労働を不法滞在の外国人に就労させることを容認しているか、研修制度などを悪用することによっておこる可能性はありますが、いずれも不法行為であることは変わりありません。

 他にも悪点は多数あります。中産階級の定義を書かずに、「世界人口の半分が中産階級に」とか書かれてもなぁ。榊原自身は経済統合の理論を使っているが、この理論の背景にある数学モデルも一物一価モデルなので、榊原自身が自説は嘘ですと白状しているようなものであるが、無知だから知らんのだろうな、経済統合の理論モデル。いちおう、金融経済に詳しくなければならない元大蔵官僚なんだったら、ノーベル経済学賞を取ったR.マンデル「貨幣理論」くらい読めばいいのにと思ってしまう。

 榊原によれば、欧州や米国では見られない日本特有の現象として、「スーパーやコンビニの乱立で、地域経済が崩壊しかけている」そうだ。彼の意味する地域経済が何か皆目見当がつかないが、一部で見られる商店街の衰退のことだろうか。商店街の衰退の原因がスーパーやコンビニの乱立と立証するのはかなり難しい場合もあると思うが、印象論で言われてもなぁ。地域経済の意味するところが伝わってこないし、ギリシアのように地方政府がよく不渡りを出す外国もあるし、単に榊原の知識不足ゆえの認識でしょう。

<2011.8.18記>

 読まなくても悪書と断定できそうな本が翻訳されています。悪名高き何でも市場原理主義のA.ポズナー判事とG.S.Beckerの共著「常識破りの経済学」です。最近、広島の原爆関連書を濫読した時以来、放射性物質関連の書物を読むのに忙しいので、こちらは数年読めそうにありませんが、こんな本を業績作りのために訳してはいけません。東洋経済もセンスねぇなぁ。どうせ訳すなら、行動経済学関係でいい本あるだろうに。

<2011.8.18追記>

<補遺1>一般的なマクロ予測モデルには、設備稼働率、失業、労働時間程度の不均衡要素は入れてあります。しかし、構造問題が生じている際は、その程度では現実をモデルに反映できないと考えられています。

<補遺2>総合物価がデフレでも、所得層によって消費する財のウェイトが違うから、低所得層にはインフレと書きましたが、もう少し詳しく書いておきます。例えば、この書物が書かれる以前から中国の経済成長が著しく、その中国の巨大な需要がさまざま一次産品の価格を引き上げています。例えば、2000年当初から、鉄鋼や食料品などが該当します。身近な所で考えれば分かると思いますが、2000年と2007,8年を比較しても、100円shopで扱われるプラスチック製品は概ね値上がりしました。容量が小さくなるとか、ダイソーでは100円で販売されなくなるなどです。他にも折り紙が同じサイズで100枚→90枚など数量で実質値上げしている商品も数多くあります。

<2011.9.10追記>

Kazari