書評


書籍選択に戻る

[教養書] クセノポン[著]松平千秋[訳](1993)「アナバシス」岩波文庫
シュヴァイツェル[著]野村實[訳](1957)「水と原生林のはざまで」岩波文庫

 評価は普通です。特に取り立てて読むべき要素はありません。

クセノポン[著]松平千秋[訳](1993)「アナバシス」岩波文庫 青603-2

 以前、誰かに勧められた気がします。前401年当時のギリシア傭兵が6000kmに渡り、撤退する様子を軍の指揮官の一人クセノポンが書いた本です。松平の訳なので、訳文は読みやすいです。裏切りが発覚するまでは、単に敵中と言っても戦闘のない撤退なので、そこまでは興味深い記述がありません。戦闘しながらの撤退劇になってからも、私は賞賛に値するほどの見事な撤退劇のように感じません。必要悪なのか知りませんが、自隊の食糧難に際して、その駐屯近所の部族の食物貯蔵設備を武力で攻め落とすなんて記述もあります。抵抗すれば皆殺しに近い場合もある。まず交易交渉とその失敗がないと何かなぁ、略奪とどこが違うのか分からない。軍の士気の維持のためか分かりませんが、略奪を認める機会もある。駐屯地で現地の首領に放火を示唆して、欲しいものを入手という恐喝・恫喝も繰り返し行われています。自隊の食糧が減少した時だけ武力行使としても、それは無用な戦闘で略奪しても撤退が難しくなるからだとしか思えず、そんなに優れた撤退なのか分かりませんでした。ところどころ、軍略会議の発言があり、その雄弁さとかは「イリアス」同様の面白さがあります。当時のギリシアでは、自分たちと違う習俗であればあるほど未開と考えることが222頁に書かれております。クセノポンと同クラスでない人の手柄はすべて神の御業に帰され、戦勝祈願の生贄式もたびたび行っております。

<2011.9.18記>

 メモ代わりに少しどんなことが書かれていたのかを追加しておきます。雪山のある部族の地域を通過する時も掠奪・放火で脅すのですが、友好的な態度を取った部族で動物も大切にする部族がありました。馬の脚に雪かきのようなもの(訳出は布袋となっている)をつけないと行軍できないことを教えます。そのお礼にクセノポンが老齢な馬を置いて行ったことが書かれています。元神馬だとか余計な事も書かれていましたが、人としての人情もある程度感じる話でした。クセノポン演説で面白い部類のものは240〜5頁、248〜51頁などに見られます。254〜6頁は友好使節団との宴会の様子が描かれています。占いを利用しつつ、全軍掌握する過程も描かれています。かなり行軍した後に最終責任者が選任されている。それまでは、複数司令官による合議制でした。282頁に軍規が記されています。引用すると、「軍が陣地に留まって休息している時には、各人が略奪に行くのは自由で、その場合には各人の入手したものは、自分のものとしてよかった。しかし、全軍で出ていく場合には、個人が勝手に離れて物資を得ても、それは共通の財産にすると定められていた。」と書かれています。巻7では、航海も行軍も難しい地で、セウテスという地元勢力の傭兵として働く道を選ぶ際に、クセノポンが反対者をださずに誘導するやり方が巧妙です。そのセウテスと仲違いした後に、傭兵部隊ならではの給与未払い問題が生じます。この解決にかなりの頁が割かれています。戦闘の所より交渉の記述が多いのも特徴です。この辺は「ガリア戦記」などと異なります。

<2011.9.27追記>

シュヴァイツェル[著]野村實[訳](1957)「水と原生林のはざまで」岩波文庫 青812-3

 時代もあって、アフリカの人を土人とか差別ばりばりな事も言ってますが、さほど政情安定しているとはいえないアフリカの僻地に、妻を連れて医療に行く根性だけでもすごいものがあります。この本でアフリカ睡眠病の存在を知りました。その他で目を引いたのは、自分が雇っていた使用人の一人は語学の達人であることです。こういう慈善行為をする人には、適材な人が現れるものなのだと感心してしまう。雇用した現地人に無駄遣いするなと言ってもその日のうちに物珍しい品を消費したり、酒におぼれてしまったりする様子や監督しないと働いてくれないからその間医療が滞るなどのぼやきも書かれています。自己宣伝が激しくげんなりする描写もありますが、医師として、収入よりも現地の仕事に遣り甲斐を見出している所も、西洋のボランティア精神の強さを感じます。医療の収支は判然としませんが、友人の寄付がないと成り立たないみたいな叙述もあるので、贅沢ができる水準ではなかったようです。高温多湿なため、欧州にいた時は、薬剤を紙で包むだけでよかったのに、ブリキ缶に入れる必要があったり、そのブリキ缶を知人を通じて援助品として送ってもらったりしている記述もありました。

<2011.9.18記>

Kazari