[悪書]柿澤和幸(2007)「報道被害」岩波新書 赤1060
本当に報道被害にあった人の側に立って書いているのかと思いきや、さにあらず。名誉棄損をしたのもマスメディアなら、その回復をしたのもマスメディアだから、出版差し止めなどの事前規制は、検閲にあたるという主張をする書物と分かり、げんなりする。
現実に、警察の冤罪の多さ、そのマスメディアが冤罪時に果たす被疑者というだけで社会的に抹殺する今の報道の在り方を真面目に検討してほしかった。そうすれば、被疑者の段階での実名報道の禁止を行うことが正しい報道の在り方だと分かるだろう。カナダなどで実施されている。もちろん、実名報道の禁止の中には、指名記載しなくても周辺情報で、親しい人物に個人特定できても、社会的に抹殺できるので、こちらも(疑似)実名として禁止する。そもそもカナダでは、犯罪が確定しても社会復帰を優先させて、実名報道を行わない。センセーショナリズムを抑えるには、これに勝る良策はないのである。
もしマスメディアに健全な側面があると主張したいのなら、事前差し止めなどを認めた法案を廃止する代わりに、実名報道を捨てればいいわけだ。また実名報道した機関は、罰則的な賠償金支払いを義務付けると同時に、発売禁止を含む処罰も受けるとすれば、事前差し止めでなくてもいいかもしれない。
後半は、論理の暴走に暴走を重ね、人権保護法や個人情報保護法などが、報道の自由を奪いかねないから反対と言い出す始末で、手が負えない。そもそも被疑者の段階でプライバシーを侵害しまくっているマスメディアに、そのような主張を行う権利があると思えない。岩波の編集者はこの著者の論理がおかしい部分をもっと校正すべきだったと思う。
第五章は、メディア規制について書いていて愚劣な内容のひとつである。その次の六章は更にひどく報道被害の理由を書いている。過酷な競争、取材力の差と警察依存、経営と現場の乖離だそうだ。なぜ世界各国の報道事情を調べなかったのかな。日本はかなり特殊なアメリカ型ニュス報道をしているのだが。対策は4つ提示しているが拙作である。第一の策を実施しても次のようになる。(マスメディアが囲い込んだ)弁護士による被害者救済システムを組み、名誉回復報道をすれば、名誉棄損報道も是認するような状況を作る結果になる。その他の3つは、警察の情報公開、商業主義を排する経営陣、メディア内部への人権思想の浸透と具体性ゼロである。一応、192頁に「政治家、高級公務員などでない一般市民が被疑者とされたとき、とくに逮捕から起訴までの事件報道は匿名とするべき」と書いている。この本の出版後に起きた村木冤罪事件すら防げない提言に呆れる。その後、個人情報保護法は警察が率先して破っている。警察は常に正しいと主張するために、メディア規制どころか被疑者逮捕の段階で情報漏えいの連続である。一向に改善しない。
これなら、犯罪にまつわる実名報道を一切禁止した方がはるかに上策だ。
この本の悪い所はたくさんあるが、典型的なのを数例指摘しておく。国際比較としてより進んでいるカナダやドイツの事を調べずに書いている。現在の日本のマスメディアの取材力が警察より劣ることを理由に、取材を割愛できる行政(警察)からの情報の適正な垂れ流しに期待すると提言している。これは著者がより低コストで記事を量産したいという露骨な欲望をあらわにしたものだ。百害あるこういう書物が出版されなくなることを切に願う。
それから、よくあるジャーナリストの間違いとして、国民の知る権利に対する勘違いがある。自分が調べている内容が国民が知りたいと思っている事柄かどうか常に調査して取材しているわけではない。例えば、発覚前の詐欺事件など未知の事柄なら猶更だ。発覚前の詐欺事件を国民が知るべきかどうかも定かではない。汚職としても同じ。それが確実かどうか分からない段階で報道されても意味がない。判断を間違いやすくするだけだ。逆にマスメディアが意図的に疑わしきを罰する手段として機能すれば、政治利用への道を開くことになり、厳粛に慎まなければいけない。そのような自制は全く効いていないのが昨今のマスメディアの報道姿勢である。
ほとんどの住民に関係のない凶悪事件報道も同じだ。ここ数年、総数の上では、減少の一途をたどる凶悪事件に対して、マスゴミの報道時間は比例して減っていない。冤罪事件が増えても、被疑者段階での犯罪報道は執拗に行われていて気持ちが悪い。警察がとにかく間違いを犯さない神話を作ろうとして、マスゴミがそれに加担している格好になっている。いい加減、成熟した先進国の報道ができるように、マスゴミは成長しなければいけない。
企業との癒着もたれあいの激しい原子力行政の一端すら、今の日本のマスゴミは報道できない。読売新聞を筆頭に数社潰れた方がいい水準にまで落ちてきている。10.1も読売テレビは、雇用保険に入れない非正規雇用を増やす派遣法の改正を骨太の政策として推し進めた竹中元大臣を出席させ、小泉政権万歳の辛坊キャスター(統計などの論拠も示さず小泉政権時の政策は正しいという内容の新書を書いている)の下、情報操作を行っていた。竹中は、就職支援法案について、法の趣旨は分かるが、そもそも雇用保険の低下が問題だと述べていた。君のせいなんだよ、雇用保険を受け取れる人が減ったのは。竹中君、いい加減に嘘をつくのはやめたまえ。
<2011.10.02>