書評


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[普通] Joseph E.Stiglitz[著]楡井浩一,峯村利哉[訳](2010)「フリーフォール」徳間書店

Stiglitzにしては今いち

 危機感があるのは分かるが、バーナンキ(Bernanke)は、金融の規制強化を公言してきた人だから、ロレンス・サーマズのような規制緩和派の同類とみなすのはどうかなと思う。ひょっとしたら、かなり後の方の頁で出てくる3人と名が1名いれ変わっているので、ここの部分は校正ミスかもしれない。

 Stiglitzは、Krugmanと共闘している意識があるらしいが、前回の書評に書いたKrugmanの本で、Krugman自身は、Bernankeと自分は同類と考えているし、FRB議長としてよく働いているが、自分ならもう少し大胆な政策をとるだろうと言っている程度の違いだ。Krugmanは、FRBよりもウォール街、財務省や大統領の政策に問題があると捉えているが、Stiglitzは、BernankeになってからのFRBもなっていないと、政策評価に関してKrugmanの立場とかなり異なる点がある。

 アメリカの景気対策としては、7条件が99〜103頁に書かれている。お題目と(具体例)を列挙すると、1.速やかに実行する、2.実効性を担保にする("乗数"の増加、失業給付の増大)、3.国家の長期的問題の解決をうながす、4.投資に重点を置く、5.公平を旨とする(中流層の税負担減、上流層の税負担増)、6.危機を原因とする緊急事態に対応する(失業者と住宅ローン問題の債務者側の解決)、7.雇用問題を狙い撃ちにする(職能訓練)、というものだ。至って普通のケインジアンの政策。ここで指摘された政策立案については、Krugmanとの差は少ない。

 日本にはケインジアンが駆逐されたり、マスメディアが鈴木宗男の発言を利用して、ケインズ政策のイメージ悪化の片棒を担いだりと徹底している。だから、マスメディアに露出度が多い人で、ケインズ政策を支持する人が日本には皆無に近い。植草何某も痴漢容疑で逮捕されている。官僚にもいないから、政策不況がまた10年以上続きそうだ。ぼんくら政治家が「よく耐えた」なんて吠えたところで、ファシズムの横行でも見るようなお寒い気持ちにしかならない。小出しの財政出動が成功しないと、ケインズ政策は失敗したと、経団連マスコミ連合の大合唱が起こる一方で、減税は失敗してもだんまりを決め込むことが30年近く、日本では継続している。最近のケインズ政策は、増税と財政支出にもかかわらず、その事も伝わらない。言論規制があるらしく、日本ではStiglitzやKrugmanの本を読まないとまずお目にかかれない。

 これらの案の近くで、Stiglitzは、余計な事も書かれている。中国は貯蓄率をさげるべきだとか書いているが、放っておいても、中国は世界史上、最高速度での高齢化の進行で貯蓄率が下がる局面に自動的に移行する。アメリカの景気に関係ない事柄である。

 サブプライム・ローン問題(2007年)の解決には、日本同様、不良債権処理に10年程度はかかるだろうし、不良債権を帳簿から消し去った10年後であっても、景気回復が軌道に乗るか分からない。それにアメリカの減税政策は、日本並びにEUの財政問題の解決の足を引っ張っており、世界金融システムならびに企業統治システムの崩壊を推し進めてしまう負の側面がある。資本主義世界のリーダーを自認するなら、態度を変えるべきだろう。

 Stiglitzによれば、預金保険機構は銀行がよりリスクテイクする制度として、利用しかねない、モラルハザードの問題があると言っている。1999年のグラス=スティーガル法の廃止も、倒産できない規模への経営統合へと銀行を走らせたと捉えているが、私には、官僚天下りに関する規制が少ない規制緩和大国アメリカが、官僚から民間企業に移る際の役員報酬を高くしてもらうために、法制度を歪めているのが大きいと想像している。この辺りは日本と同じであろう。また独占禁止法があるにもかかわらず、機能してないのも日米共通の課題だ。

 米国の金融規制が全体と機能しなかったから、金融危機になった点には同意できるが、個々の規制のすべてが間違いみたいに言われると違う気がする。組み合わせの問題のはずだ。もうひとつ分からないのは、いつの時代にも、現在の日本ですら、団塊世代以上の人たちの間で、懲りもせずに(ミニ)バブル待望論がある。これから、どのように制度設計しても、歴史的には繰り返されることが予想される。また、過去のさまざまな信用不安などを見れば、アメリカの銀行などは元本の減免には基本的に応じようとしない態度を一貫して取ってきた。メキシコ危機の時もそうである。そういう態度が問題だというのなら、1970年代から分かっていた話の気がする。そして、この問題についても再生産されるだろうから、根本的な不況の理由は別の所にあるのではなかろうか。

 金融のリスク拡大傾向に歯止めをかけるべきだというのが政策提言なら、レバレッジは廃止すべきだろうし、どうもStiglitzの言う規制強化の具体像が見えてこない。現実で言えば、レバレッジの廃止も必要だろうし、実体経済の規模に見合わない金融市場の拡大は規制強化を通じて抑制するべき側面もあるだろう。投資と投機が区別できるような仕組みが作れるならば、それも必要で、いわゆる金融ギャンブル市場があってもいいが、それが企業の財務に影響を与えることのないように、一般の実物経済とリンクしている金融市場とは、切り離された市場で投機を行うことも方法として考えられるだろう。ただ残念なことに、金融市場を永続的に(50年程度でもいい)うまく機能させた歴史など人類は持っていないはずである。

 住宅ローンへの政策提言はいまいちなものが多い。現在の住宅所得の所得控除が逆累進的だというのなら、所得控除のまま、累進的制度にすればいいだけだ。資産価値の低い物件ほど、最大の所得控除を受けられるように設計すればいいだけの話で、(高額所得者ほど定率幅が低くなる)累進的な定率減税がそれに勝るか、よく分からない。負の定率所得税まで含めているなら話は別だが、149-164頁に書かれている内容はそこまで踏み込んでいない。現状のノンリコース型からリコース型への変更を銀行が(債務者に意味を知らせずに)変更し放題なら確かに問題だが、ノンリコースとはオプション権だから、このオプション権を適正価格で買い取ればいいという政策提言も変である。利子先払いの借り換えで債務額が減らせるみたいな机上の空論を述べているが、住宅ローン債務に苦しむ人が失業中なら、無意味な選択肢だ。

 日本の公的資金の注入も、銀行の責任追及は、中途半端にしか行われなかった。しかし、返済義務を伴う一時的公的資金の注入は、その程度で大きな金融の腐敗要因になっていると思わない。Stiglitzの書き方だと返済義務のない公的資金を注入したと受け止められるが、そんな事可能なのかなぁ。日本でも、10年程度して、一応、バランスシートが改善した後に、銀行が機能しないことは、モラルハザード云々よりも、単純に投資先を見つけるだけの能力が都市銀行にないにもかかわらず、給与水準が高すぎるため、まともな企業運営ができないということに尽きるはずだ。アメリカも同じで、冷静に健全な経済システムを考えれば、金融セクターが高給取りで、まともな企業運営、経済社会運営ができるはずなどないのである。

 もちろん、Stiglitzのいうように、銀行が本来の姿に戻ることは必要だし、現在のアメリカの高すぎる銀行の役員報酬は減った方がいいだろうが、それはそもそも企業統治関連で、好景気であっても制御されていなければならない問題のはずである。そうであるなら、銀行の問題というよりは、全企業の企業統治のあり方の問題で、Krugmanのいうように、経営者と一般労働者の所得水準の大幅な乖離の是正を促す仕組みを制度化するのが、より直接的で優れた方法のはずだ。

 Stiglitzは、銀行規模を小さくする必要があるとか、住宅ローンで低額所得層に高いリスクを負わせたのは間違いだとか、述べているが、そもそも低額所得層や零細企業ほど高い金利になる。こうした仕組み自体は普通の民間部門の健全な金融の姿で、Stiglitzのように問題視する意味がよく分からない。世銀時代に、バングラデシュのグラミンバンクを知るStiglitzが、なぜこのようにエキセントリックに発言するのか、とても不可解だ。低い所得の人には債務不履行に陥る高いリスクがあるのだから、高い金利を背負わせるシステムを廃止して、銀行業を営めるとは思えない。金融商品に対する説明が不十分というのなら、本日の日本の住宅ローンでも同じである。Stiglitzは、アメリカの銀行に高給取りたる技術があるはずだと考えたいようだが、それが間違いの元と思われる。

 Stiglitzは、Bernankeを嫌いみたいだなぁ。そもそもGreenspanの負の遺産をしょっての後継だが、Greenspanの負の遺産をBernanke就任直後に、不動産バブルを崩壊させて対処すべきだったという意見のようだ。このStiglitzの主張は、政治的に無理な要求に近い。それに、投資銀行の監督がそれまでアメリカ財務省だったのなら、ただでさえ銀行の資本強化に忙殺される毎日のFRB議長のBernankeに、投資銀行の監督権を議会に掛け合って獲得すべきだったというのは、あまりに無理難題を言っているように聞こえる。そもそもFRB以外の機関で、きちんと対応できる金融システムであるべきだったのではなかろうか。

 Stiglitzには、もっと日本のバブル崩壊過程を勉強してもらって、その上で対比して本書をしたためて欲しかった。ほとんど日本で議論されつくした内容も、より感情的で稚拙な形で書かれている。前回の書物で、Krugmanは、日本のバブル崩壊後の事例をPrinceton大学のサークルで研究したと書いている。そのメンバーは、スウェーデンのLars Svensson(ラルス・スヴェンソン)、Michael Woodford(マイク・ウッドフォード)、Ben Bernankeである。

 Stiglitzによれば、アメリカの負債が膨らんだ今、世界中でインフレ懸念が高まっていると204頁に書いているが、残念ながら日本では、相も変わらずデフレである。また、FRBの会議内容を公開すべきだとStiglitzは考えているようだが、信用不安を招く恐れのある内容も議題になっている時には、公表することなどできるはずがない。取り付け騒ぎを起こしたいのなら別だが、・・・。どうもStiglitzは自分が政権内にいないことに怒りを感じているのかもしれないが、この著書を読む限り、Bernankeのこれまでの論文を読んでいるとも思えず、日本の量的緩和政策に至る経緯も知っている様子にない。

 この本を読むと、Stiglitzが政権内にいたら、金融パニックになったかもしれないと感ぜずにはいられない。

 Stiglitzは金融以外に明るくないから、銀行だけがお粗末な企業統治と勘違いしているようだ。全業種同じなんだけどなぁ。だから、株式会社制度の制度疲労と言えるかも知れない。Stiglitzは、株主への役員報酬の明示と金額の投票権で、企業統治が可能と考えているようだが、まず不可能だろう。実際の経営者と同等の経営情報を株主が持てるなら、そもそも多くの株式など所有できるはずがない。複数企業の経営情報の分析をしている時間が株主にあるはずないからである。Stiglitzは、株主による企業統治なんて幻想は捨てるべきだろう。別の仕組みを考えなくてはいけない。私は、Stiglitzの主張するような株主による役員報酬の企業統治の仕組みは、ないよりまし程度のものと思う。より根本的な対応は労働法以外では不可能だろう。

 Stiglitzは、変な勘違いを229頁に書いている。空売りで、不良企業を洗い出しできた可能性を指摘しているのだ。ヘッジファンドが、M&Aを仕掛けたい企業の支援として空売りを仕掛けているような場合は弊害しかない。毒にも薬にもなるものを、自分の都合で良いというのは愚かだと思うが、・・・。

 Stiglitzは、勉強不足だなぁ。日本で政策が実施されて、一定の効果があったものについてまで全部かみついている。

 Stiglitzの挙げる政策は政治的なハードルが高いなぁ。独占禁止法の復活とも取れる巨大銀行分割まである。範囲が不明確にしか書かれていないが、業際分離ならともかく、どこまでできるか疑問だ。いろいろ提案した政策があるが、現実的なのは、金融業への課税、デリバティブの規制、2005年の破産乱用防止および消費者保護法の廃止もしくは新しい破産法の制定、政府によりインフレ連動債、企業補助金の廃止などかな。デリバティブについては委託保証金を導入するというものだ。ほとんど、Bernankeの論文で読んだ気がする政策提言ばかりだ。

 残念ながら、日本でも、アメリカでも、EUでも、製造業並びにサービス産業において現時点で存在する高給取りは多すぎるのである。それほどの技術は持っていないから、経営者の能力に見合わない高級賃金のしわ寄せを、途上国の労働条件や自国の社内の労働者の最底辺の賃金を更に下げるような所に求めざるを得なくて、それが企業や社会を脆弱にしているのだ。

<2011.10.30>

本書に指摘されているアメリカ政府の不正の覚書

アメリカ政府は農業に対する補助金を減らすと約束したあと、ブッシュは2002年に補助金を2倍にした。(283頁)

他国の補助金を批判しながら、アメリカ政府は自国のとうもろこしのエタノール産業に巨額の補助金をだした。(283頁)(別の本でも読んだ記憶がある。確かブラジルのエタノールより低質で高い)

政府の購入品にバイアメリカン条項を盛った。(301頁)

インフレの覚書

インフレ率が低いか、あるいは適正な範囲内にあれば、それとわかるほどの負の効果はないと見られている。(注:問題が生じはじめるインフレ率の正確な値については論争の的になっており、時に応じて変化するだろうが、インフレ率が8-10%を下回っていたら、重大な負の効果は生じないということでおおかたの意見は一致している)(368-9頁:この箇所は全文引用)

<2011.10.30>

ブラジルのエタノールに関しては、
Joseph E.Stiglitz[著]藪下史郎[監訳](2007)「スティッグリッツ教授の経済教室」ダイヤモンド社
だった。この本では世銀の経験をもとに、良い統治の基本は、良い指導者を選ぶことだと高橋伸夫と同じことを書いている。世銀の総裁ウォルフォウィッツは、世銀への最大出資者であるアメリカ政府の大統領ブッシュが決め、それを他の出資国が追認した。最大出資者は民間では最大株主ではないのだろうか。Stiglitzは、2007年の本で暗に世銀職員ならまともな指導者を選べることに気付いていないと書けない内容も書いている。だから「良い指導者を選ぶこと」は株主にできるはずがないのに、なぜ、その事にまでは気づかなかったのかなぁ。ちなみに、先進国に有利な排出権取引制度の問題点については認識できている印象がない。

<2011.10.30>

Kazari