書評


書籍選択に戻る

[良書] 高橋是清,上塚司編(1981)「高橋是清自伝(下)」中公文庫
高橋是清,上塚司編(1980)「高橋是清自伝(上)」中公文庫

日本三大自伝に入れてもいいかも

 日本三大自伝とは何か、特に決まった定説はないが、私は多くの人が「福翁自伝」を上げるのには違和感を持っている。これには理由があって、福沢諭吉という人物は多分に近代の人であり、政治家であったため、自伝に書かれている内容の正確さがある程度検証できるからである。いくつか検証した本を読んでいるし、歴史研究の書籍などを通じて、福沢の人物像をある程度把握しているので、「福翁自伝」は推す気になれない。啓蒙書「学問のすすめ」と異なり、歴史的に嘘の内容も含む「福翁自伝」は愚書とも思える。他には、新井白石の「折たく柴の記」や大杉栄などが挙がっているが、私は「福翁自伝」などよりも良い自伝を読んだことがある。

 海外の三大自伝も特に決まった定説はないようであるが、素直に書いているものがあげられる傾向がある。つまり、自らの恥部もさらけ出している自伝がよいとされるらしい。例えば、アウグスティヌスの「告白」などはその典型例である。

 B.フランクリンの「フランクリン自伝」を最近読んだが、こちらも時々三大自伝に名を連ねることがあるようだ。しかし、自分の都合の良い部分を集めた感じであり、自慢話が多く、読んでいて辟易してしまう。この人の人生で、本当であるなら褒められるのは、特許の出願をしなかったことだけである。岩波文庫の157-9頁には、日記として13の戒めを書いて、これを実施したとあるが、主観的な判断でどうとでもなる項目が多く、変わった定義もある。例えば、6番目の勤勉は、「時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし。」と定義されているし、8番目の正義は「他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず」とある。どうやら、フランクリンにとっての正義が、特許の否定らしい。社会資料としては231頁に舗装道路の税の取り始めに際しての説得の事例が載っているのが興味深い。

 書店に行くと、金持ち称賛本というか金持ちを見習って金持ちになろうという類の下らない本を見かけるが、「福翁自伝」「フランクリン自伝」などはその系列に入れるべきものだろうと思う。

 日本の自伝に話題を戻して、素直に書かれているという観点からみると、この高橋是清自伝は良い自伝に当てはまる。失敗談や若気の至りも淡々と語っている。この自伝は高橋が老齢になって口述筆記の形で書かれたものなので読みやすいのも良い点である。また、高橋が成人して公職に就いた時の身の処し方が実に立派である。官僚がお手本にして欲しいものだ。もし今の官僚の10%程度が高橋是清なみの国益重視と正義感を持っていれば、実質4%成長など簡単なはずだ。

 好き嫌いは別にして、政治家で言えば、小沢一郎や亀井静香、鈴木宗男のような人物が政治家の10%程度いれば、日本は官僚天国でなく政治主導が実現できるだろう。

 他に良い自伝で思い浮かぶのは、勝海舟の自伝「氷川清話」、高村光雲(詩人である高村光太郎の父であり彫刻家)の自伝「幕末維新懐古談」、荒畑寒村の自伝「寒村自伝」などが思い浮かぶ。高村光雲は、幕府の廃仏毀釈によって、多くの仏像の文化財が破壊されるのを防ぐため奔走した様子などが書かれている。荒畑寒村は「谷中村滅亡史」の著者であり、田中正造の努力の甲斐もなく、足尾銅山の鉱毒によって、谷中村が滅亡する歴史を書いている。

 他伝も含めれば、野口英世、この人が無心する有様には本当に感動する。地元の資産家の2代目を食いつぶすほどで圧巻である。海外ものでは三好徹の「チェゲバラ伝」が興味深かった。

<2012.1.23>

Kazari