書評


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[愚書] 日本経済新聞社 編(2004)「日本電産 永守イズムの挑戦」日本経済新聞社

 最近、内容を全く伴わない永守重信の密着テレビ報道なるものがあり、本ならもう少し情報量があるだろうと思って、読んだ本である。さすがにいくら新聞記事の質が落ちても、日経が単なる提灯本を書くとは思っていなかった。とてもつまらない本である。

 テレビ報道では、永守氏は話はうまいが、それだけの人物だろうという印象しかおきなかった。だいたい社長の割に本を読まない方らしく、財閥の同族経営(明治時代)より経営権を親族に相続しないだけ、自分の企業グループはよいのだという趣旨のことを発言しており、非常に愚かだなと思った。現在の企業で、大王製紙や西武グループのような同族経営なら、純粋血族による親族経営に拘るようになったので、子供への相続と言えるかもしれないが、明治期の財閥の同族経営とは性質が違ってしまっていることをご存じないようである。明治期の財閥の同族は、そもそも優秀な人材を家族として、養子縁組してしまう形で、企業グループの結束力を求めたものである。だいたい明治期には、今のような純粋血族主義のようなものは社会的にまったくなく、学閥や藩閥などあったろうが、その反面、優秀な人材は養子縁組を通じて、広く社会に出られる慣習があった。現在、この風土が壊滅したことは、世代間のひとつの労働階級を移動する手段が喪失したことを意味しており、経営者の競争を減少させる一因にもなっている。それに明治期でも財閥の経営は比較的早くから専門家による企業統治を実施したところが多い。

 そういえば大竹文雄という御用学者が、日本の経営者が競争しないのをお咎めもせずに、労働者だけ競争嫌いだと嘘をついた新書を書いておった。労働者の階級移動を社会学の手法で、現在見てもあまり意味がない。それは社会問題となっているように、契約社員から請負契約への強要が多くの産業で観察できるためである。こんな脅迫で労働者の労働の範疇が変わった所で、それを労働移動と捉えること自体が間違っている。しかし、最近は、そうしたわざと統計的間違いを犯してでも特定の無能な経営者勢力を擁護する馬鹿げた議論が増えている。

 話をもとに戻そう。本書で役に立ちそうな情報は、永守イズムとして、具体的な数値を伴う部分の4頁分(96-99頁)だけである。実質的な倒産企業を買い、経営を立て直したというが言葉通りに受け取れない事柄もある。まず、経営責任はどこにあるかしらないが、まずは労働者に2割ほど労働時間を増やすと言っている。真に、素晴らしい経営者なら、労働環境を改善するだけで、労働生産性を増やすだけで立て直すのが筋だろう。それから決して雇用は削減しないと言っているが、グループ内でより強い方を残すという言葉と矛盾する。真面目に本書が描いていないので、定かでないが、当面2年間は大幅なリストラはなく、過剰労働による追い出しが行われる。5年目以降は、グループ内の経営戦略により工場をたたむなども行われ、このとき、必ずグループ内で廃止部門を雇用している様子は少しも感じなかった。もし、ここを真面目に調整しているなら、大宣伝できる箇所だが、実績がないのだろう。まったく記述がなかった。

 テレビでは仲の良い経営者として、ユニクロの社長などが偉そうにしていたことからも大した経営者ではないと判断できる。ユニクロのように、名ばかり管理職である店長などを使わないと成り立たないビジネスモデルなど将来性はない。

 数字に話を戻すと、営業のノルマは極めて厳しい。多くがノイローゼになる水準だろう。こんなきつい労働環境で良いのであれば、永守氏でなくても、企業経営は簡単だ。こういう輩を絶賛するところに現在の日本の景気低迷の原因がある。ちなみに、自動車の車体内ケーブルは10年近くに渡り、カルテルを行っていたそうで、独占企業というのは競争しないものなのだと改めて思う。公正取引委員会が10年もこうした事態を看過しているのは職務怠慢である。公正取引委員会の経営もうまくいっていないと言っていいだろう。この国は政府だけでなく、独占度の高い産業だらけになった日本国内の民間企業も機能不全を起こしてきている。

 日本電産も同じく多くの分野で独占企業なので、今後永守氏の後継者は、経営悪化の際に、企業内取引の安値を保ちつつ、外部に値上げすることは目に見えており、この企業グループがまともな競争に打ち勝って存続する見込みがないことも容易に予想がつく。

<2012.1.24>

Kazari