[良書] 本山美彦(2008)「金融権力」岩波新書
所々の引用がweb記事なのはやや印象が落ちるが、内容は大変良い本である。副題は「グローバル経済とリスク・ビジネス」となっているが、主として、アメリカのサブプライム問題とその背景にあるシカゴ学派の金融理論が実体経済をまるで無視しているが故に、もはや害毒にすらなっている現状を丹念に描いている。その論証過程で、ケインズの確率論の話も出てくる。
ケインズの確率論は、美人投票に代表される。ケインズにとって、株式市場やビジネスに参加する人々(経営者の投資も含む)の経済の予想の仕方は、確率の論の大前提となる中心極限定理が成り立つような世界ではない。他人がどう思っているかに依存して自分の決定を決めるという考え方を提示している。数学モデルで言えば、自己実現的予測がもっともケインズに近い考えを表したモデルになる。
ケインズのような確率論の考えに立てば、中心極限定理が成立しないので、計量経済学を用いた大半の実証研究が無価値になり、伊藤の公式を用いたブラック=ショールズの方程式も、人間のいる間は成立することがない空想的理論モデルにしかならない。つまり、新古典派経済学者の構築した金融理論モデルの大半が無価値になる。これは学者が手抜きして論文を書くには、厳しい水準なので、猛反発がおこり、無視されるに至っているのが現状の貧しい経済学の学界状況なのである。専門家が役に立たない大きな要因のひとつにもなっている。
本書は新書として、非常に手際よく、この辺りの事情をまとめている。内容も充実しているので、ぜひ読んでみてほしい。
<2012.1.25>