書評


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[低質]Elhanan Helpman[著]大住圭介[ら訳](2009)「経済成長のミステリー」九州大学出版社

 昔、Grossman、Helpmanの教科書を読んだときには、もう少しまともな理論家かと思っていたが、この本を読んで、実証分析の解釈の稚拙さにあきれてしまった。この本自体は、成長理論に関する論文を初学者向けに紹介した本にあたる。しかし、実証分析の紹介の仕方はとても低質である。

 この本は珍しく、第五章の国際的相互依存の章で重力モデルについても言及している。問題はこれを読んでも、どのような推計を実際に行っているか、基本情報が少なすぎて読み取れない点である。「二国間貿易を重力方程式を当てはめた」という説明だけで、説明変数が分かる人間はおるまい。例えば、日本の二国間貿易が被説明変数の場合、この貿易量はUSドルベースなら、説明変数は、貿易相手国のGDP規模(US$)、国家の距離(通常は首都間の距離)が基本の説明変数で、これにいろいろな説明変数を付け加えて、重回帰する。良くあるのは、政策変数である。Frankel and Romer(1999)は、読んだことがないが、注21に、地理的特性(相手国の土地面積、国境を接しているかどうか、陸地国か)を加えているとあるので、通常使われるGDP規模の代わりに、土地面積を使うほか、ダミー変数を使って重回帰したらしい。しかし、重力モデルの説明としては不穏当な内容がある。

 輸出と経済成長の一連の実証研究を紹介した後で、貿易と成長の実証分析の多くは、貿易の内生性、輸出がGDPの一部であるという事実を考慮していないという批判を受けていて、それを克服するモデルが、重力モデルだと嘘を書いている。そもそも、輸出と成長をめぐる実証研究は、マクロの輸出額や、輸出/GDP比率、貿易/GDP比率などの説明変数を用いて、マクロの一人当たりGDP成長率などを分析している。それを二国間貿易を説明するモデルで克服できるはずがないのである。

 いくら重力モデルの当てはまりが高いからと言って、この重力モデルから予想される推計量を実際の貿易量の操作変数として、2段階の分析を行っても、輸出とGDPの系列相関を克服できるわけではない。Frankel and Romer(1999)が貿易の内生性を克服したと主張している論文だとしても、それを鵜呑みにしている時点で、Helpmanは実証分析の知識が著しく欠如していると判断してよい。

 この書物の大半が理論モデルのブリーフィングでなく、実証研究の紹介にあてられているので、問題が多い。第7章の制度と政治には、Olsen(1965)の「集団行動の論理」があげられている。このHelpmanの著書の136頁に「社会、経済、生活などの大混乱や侵略がなく、組織の民主的自由が長期にわたってあった国ほど、成長を抑圧する組織(圧力団体)によって、よりくるしめられるだろう」(Olsen 1982,p77)と書かれている(引用括弧内の圧力団体のみは私が説明的に追加した)が、先進国でバブル期を除けば、Olsenの予測はほぼ適格と思える。しかし、Helpmanによれば、現実を説明できないとして、新たな利益団体と経済成長の関係を示す一体化理論が必要なのだそうだ。

 この書物で最も私が面白いと感じたのは、Perrson and Tabellini(2003)である(137頁に内容が、162頁に文献が記載 The Economic Effects of Constitutions. Cambridge:MIT Press)。読んだことはないが、これを機に読んでみたいと思った。この本によれば、小さい選挙区ほど、成長には無関心とまとめられている。もし事実なら、いま議論している二大政党制に有利な小選挙区の数の是正と比例代表定数80削減は、日本政府がより日本の経済成長に無責任になる前触れということになる。安住財務大臣が、日銀の金融政策を難しくするために、財務官僚の書いた原稿を棒読みして為替介入のレートを公表するというおバカ発言をした後だけに、真実味を帯びてきている。

<2012.2.18>

 重力モデルのところの書き方が甘かった。もともと説明変数に、GDP規模を入れても、国の面積を入れても、説明力が高いのが、重力モデルの特徴でもある。だから、輸出とGDPの系列相関を「克服」するために、GDPと見せかけの相関がある変数を選んで迂回しても、意義は乏しい。学術的にはうまい詭弁かもしれないが、真面目に考えれば、Frankel and Romer(1999)の実証研究は詐欺みたいなものだ。

<2012.2.26>

 Perrson and Tabellini(2003)を図書館などで探した後で、直接検索して見たら、とある大学に、全文載っているPDFが置いてある。うーむ、著作権は大丈夫なんだろうか。著者自身が、公開していたSargentの本とかならまだしも、・・・。

<2012.3.5>

Kazari