[低質]吉野文雄(2007)「ASEANとAPEC」拓殖大学
著者の見解の部分がまったく役立たないが、ASEAN会議の事実関係については詳細に書かれており、ASEANの会合に関しての辞書用途には使えるかもしれない。
著者の見解で馬鹿げたものは、CGEモデルでボゴール宣言を検証すべきという主張や、貿易自由化に対する過度の期待(ASEANの経済成長に役立つ)などがある。ASEANにとって、開発戦略上、重要なのは、輸入代替工業化などによる経済成長計画であり、貿易自由化は先進国の経済制裁を遅らせるための手段に過ぎない。
いわゆる発展途上国が開発初期の段階で、急速な貿易自由化を行えば、ほぼ確実に 途上国の経済厚生が下がる。先進国に国益を売ることにしかならない。日本にとっては、諸外国に貿易自由化を強要することによる利益はあるかもしれないが、ASEAN側にはほとんどない。もしあるとすれば、それは著者の言うような貿易創出効果などというものではなく、技術の獲得である。外国技術の獲得の結果、貿易創出効果が出るかどうかは結果論にすぎない。
吉野文雄は貿易自由化を神格化しすぎているため、マハティールの提唱などを事実を歪めて伝えている箇所がある。著者にかかると、マハティールのルックイースト政策は、日本を手本とするあまり、中国を軽視し過ぎたという見解になるそうだ。ルックイースト政策が打ち出されたのは1997年アジア通貨危機以前である。中国が為替レートを安価に固定したまま、アメリカが中国元の通貨調整の圧力をかけたにも関わらず貿易を拡大して、近隣諸国に脅威を与えていた時期に発せられた。だから、中国を軽視するどころか、中国がASEAN諸国に一方的に輸出攻勢をかけることを危険視した結果、ルックイースト政策を打ち出したのである。日本に調整役を演じてほしいとの間接的な依頼のようなものであることは、当時の開発経済系の学者には常識の部類であり、比較的多くの書物に書かれていたはずだ。このように、著者が途上国間の政治力学を全く無視して記述した箇所は、無価値である。
<2012.3.22>