書評


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[低質]井上寿一(2006)「アジア主義を問いなおす」ちくま新書

 この本が低質なのには、いくつか理由が考えられる。第一に新書で扱うテーマとしてはテーマが大きすぎること、第二に第二次世界大戦の行われた時期に、外交に関して、特定の考えにしたがって、うまくまとめて説明がつくような説明原理が存在すると暗黙に仮定しているが、現実はそうでないことが特に大きな理由として思い当たる。

 第一の点に関連して言えば、他にもこのテーマで良書が多いことも本書の価値が低くなる要因となる。例えば、本書では、竹内好について書かれているが、本書の竹内好評を見るよりも、竹内好の書いた「アジア主義」を読んだ方がよほどためになる。

 第二の点については、別の個所に書いたが(たぶん中村元の書評)、大川周明の宗教観に、軍部や右派論陣が天皇のお心を自分勝手に慮って、天皇の統帥権を侵犯していく心情がどんなものであったのかが書かれているからでもある。「天皇のお心を自分勝手に慮る」こと自体が、天皇崇拝と相反する行為なのだが、大川周明も石原莞爾もその点に矛盾をまったく感じていない。そうした宗教観から、戦時下で、自らの信条と生命をかけて行動するのだから、第二次世界大戦中の日本は、軍部や外交官に多数の船頭が同時に別々の行動原理で動いていたことは想像に固くない。2種類程度に系統化できるほど単純ではないのである。せいぜいこの新書では2つくらいの立場しか同時期に存在したと考えていない。歴史書では、岡義武など読むと、もっと複雑であったことが分かる。

 マイナーな点では、三木清など文学系の事柄が多く取り扱われているのがバランスを失しているなどあるが、この本を読むくらいなら、真面目に、竹内好「アジア主義」や岡義武著作集(全四巻)を読んだ方がいい。

<2012.7.4>

Kazari