書評


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[教養書]雨宮処凛(2007)「右翼と左翼はどう違う?」河出書房新社

 いろいろな書き方があると思うが、若い人向けに分かりやすく書いているのは好感が持てる。はじめに単純化した考え方、歴史などに各々同じ分量を割き、それぞれの活動家の活動内容や考えを紹介している。この著者によれば、右翼は「日本の伝統を守り、国を愛する体育会系の人たち」、左翼は「権力が嫌いで自由と平等を唱えるインテリ」という印象になるらしい。最終的には、どちらが正しいと思うかは読者に任せるというのも若者向けに書いているから、良い点といえる。

 読後感は、改めて、極端な考えの人とは暮らしにくいということに尽きる。どちらも最終的な解決手段が暴力なのはいただけないが、左翼の場合、攻撃を受けた後の対抗手段の側面があり、先制攻撃ばかりしている右翼よりは同情の余地がある。また、右翼の方がたいてい他の考えに非寛容であるのも問題が多い。特に人権を真面目に考えれば、極端な右翼的な立場は、支離滅裂な考えに立たない限り、論理的にさえ肯定できない。

 右翼の言説はほとんど正当化できるような論理性を持つものがない。右翼の紹介の中に、戦争肯定しないと、大東亜という大義名分があったとしないと自信が持てない、愛国心が持てないと書いてあるが、そんな人間は多くいない。普通はオリンピックで日本代表として奮闘する姿を見て応援するだけで、愛国心などは芽生えるものだからである。この辺りも右翼の考えにも、自分がそうだと信じたから、他の人もそう考えるべきだと言う押し付けがある。また、右翼の人が「ほとんどの国が軍隊を持っている。だから日本も軍隊を持つべきだ」というが、それは思考停止なのではないかという左翼の人の考えが書かれていた。この点に関しては左翼の説が正しい。軍隊を持って何をしたいのか、それで外交交渉がうまくできるなら、軍隊をもつすべての国は外交上手でなければならないはずだが実際は違う。つまらない軍産複合体のような利権しか生まないから、軍事力などなくても外交交渉できるくらいの自負と能力が官僚になくては困るのである。

 私なら、右翼は「日本の伝統を守り、国を愛する体育会系の人たち」とは思わないが、右翼の建前は「天皇制を崇拝する」「国を愛する」などが相当する。どちらも中途半端であることは、いろいろこのwebサイトに書いてきた。右翼は理屈より運動(実力行使)重視で、自分が理解可能な考え方こそ正しいと信じやすい、それを言ってくれるリーダーに依存したいという心理を持つ人間が多い。それを「体育会系」と言っているなら、なかなかうまい表現である。

 右翼の天皇崇拝に関しては不真面目なことは確実である。自分の好きな天皇だけ崇拝したりなど日常茶飯事である。明治天皇はいいけど、大正天皇はダメとか。愛国主義に関しては、右翼と左翼はアプローチが違うだけで、どちらも愛国心は持っている。右翼は根拠のない自信が欲しいと思うタイプで、左翼は、間違いは正さないと自信を持てないと考えるタイプになる。本書でも左翼にも愛国心があると書かれている。私は普通の人間が持つべき自信の種類としては、根拠のない自信も、反省による克己などによる自信も必要だと思っている。

 左翼も「権力が嫌いで自由と平等を唱えるインテリ」とは思わないが、左翼は、アナーキズム的に国家権力反対というより、日本の場合、軍部独裁につながった「天皇制反対」と戦争を賛美する「靖国神社の反対」になる。理論から入っているから、理論と運動は整合性が取れていることが多く、建前はあまり感じない。しかし、特にマルクス理論を難しい言葉で語りすぎる傾向があり、それが蟹工船は若者にも共感を持って読まれるけれども、資本論などは理解されない結果になっている。マルクスの資本論は、最近のアダムスミスのように訳し直すべきだと思う。昔の誤訳、訳出の悪さに基づく誤読が多いことが分かるだろう。

 左翼の言うように歴史の反省も確かに必要なのだが、それは当事者に限った話ではないかと思う。だから、当事者が死んでも総括しないと前に進めないというのは違和感がある。もちろん時間切れを理由に無罪放免というのも釈然とはしないが、関係ない世代まで巻き込むのはやはり違和感がある。歴史教育では過去の過ちを反省することができないようだと、学習をしないに等しいので、必要なのは確かである。しかし、家永教科書で勉強したいとは思わない。そうは言っても最近の官僚の無責任ぶりを見ると、官僚や政治家には、根拠のない自信が必要という右翼の考えよりも、歴史の反省が必要という左翼の考えの方が説得力がある。考え方から言えば、左翼の方がまともなことが多い。人間としての魅力は思想に関係がないため、右翼にも魅力的な人間はたくさんいる。

 悪い点も指摘しておこう。世界史を真面目に見た場合、資本主義下で、議会制民主主義による政治はあまりまともに機能せず、例えば、アメリカは、一方的に多くの戦争を行使している。パレスチナについては、比較的に正しい歴史が書かれているが、イスラエルはパレスチナ人の民族浄化を公言する大人・子供が多数いる。リクードという右派の政党自体がそういう考え方の政党である。だから、同じような考えを持つパレスチナ人の子供がいても、パレスチナ人の子供の発言だけとりあげるのはどうかと思う。不幸せの事例としてあげているけれど、不自然な印象が残る。

<2012.8.8>

Kazari