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[良書]羽生善治(2011)「大局観」角川 Oneテーマ21

 一昔前に羽生がまだ若かりし頃に書いた本を読んだ印象はあまり良くなかった。七冠当時に書かれたものは、本当かなぁという感じだった。しかし、この本はなるほどと思う点が多く、業界頂点で長らく勝負していきたい人には参考になりそうだ。

 将棋界のトップ棋士が自分の将棋観について、あまり誇大表現せずに語っている印象を受ける。もちろん、ハイデッカー哲学の「投企」にまで言及していて、それなりに読書してますよくらいのアピールはあるわけだが、なぜスタイルの変化を厭わなかったのかという点については素直に書かれている。

 羽生ほどの人物でも、負けることがあるわけだが、勝率が落ちた後の自己分析と、その後の決断はすごいなぁと思う。どちらかというと、多くの人は自分のそれまでの得意分野を伸ばすことを考えそうだが、羽生は別の方向に進んでいった。将棋界のトップで勝ち続けるためには、これまでのやり方を変えなければ勝てないと考えるに至り、そして実践するその胆力がすごいと思う。

 イチローが毎年自分の打法をいじくり続けたのと似ている気がする。心理的な部分が影響するスポーツや勝負事全般に当てはまる気がするのだが、相手の読み筋をはずしていかないと勝てないのが影響しているように思う。将棋では対戦相手の読み手筋にない手を指して勝負していかないと、相手の読みぬけなどはまったく期待できない。野球でも、昨年打っている球を待っていても翌年は投げてこない現実があり、違う球種などをヒットにしていかないと、高い打率を維持できそうにない。そのためには、投手に抑えづらい印象を与える打ち方をしていく必要がありそうだ。

 コンピュータの発達にともない局面の考え方も変化している。例えば、ボナンザという将棋ソフトが出来てから、急速に将棋ソフトの思考ルーチンが進化し、強くなっていったが、新しいタイプの将棋ソフトでは、1.盤面上にある駒や手持ちの駒に得点をつけ、その働き具合にも得点をつけるだけでなく、2.局面を分析して、序盤、中盤、終盤を判定し、その時の評価点方式を変更するとか、3.3手先くらいまでの総得点が高い手を深読みするなど変化した。それに伴い、プロ棋士などは、逆にコンピュータの感覚を簡易な局面判断として導入したりしているわけだ。

 しかし、コンピュータ相手に試合しても感想戦もできないし、心理を持たない相手に、読み筋にない手を指しても意味がないし、詰まらないだろうなという気がする。

<2012.9.17>

 本文中には新書ということもあって、羽生善治の勝率データなどはなかったが、webで検索して見たら、簡単に見つかった。通算成績は将棋連盟のこちらの頁に記載されている。やはり怪物ですなぁ。勝率が下がった年があると言っても、通算の勝率は、いまだに7割を超えており、A級でこのような棋士は羽生善治だけである。その次に渡辺明が6割8分。森内俊之と佐藤康光の6割4分、郷田真隆の6割3分、谷川浩司の6割2分で、ほぼ現在のタイトル保持者と一致している。

 羽生善治の年間(年度)や月の勝率を記載したweb頁もあり、それによれば、羽生の勝率が最も下がった年度は1996年度の6割である。その次に低い順にあげていくと、6割3分の時が1990, 2003, 2009年度、6割5分の時が2005年度、6割7分の時が2006年度、6割8分の時が2002, 2008年度、6割9分の時が1998, 2001年度、7割の時が1993, 2011年度、7割1分の時が2007年度、7割2分の時が1997年度、7割4分の時が1986, 1994, 1999年度、7割5分の時が2010年度、7割6分の時が1989, 1991, 2000年度、7割7分の時が2004, 2012年度、7割8分の時が1992年度、8割以上が1985, 1987, 1988, 1992, 1995年度となっている。1993年以前のA級昇格以前の勝率が高いのは分かるが、それ以降の勝率がここまで凄まじいとは思わなかった。最近は二冠に復帰した事もあって、7割7分の勝率、化け物だなぁ。

<2012.9.20>

Kazari