書評


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[良書]野崎昭弘(1976)「詭弁論理学」中公新書

 古い本ながら、なかなか良く書けていると思う。ユーモアもそれなりに取り入れられている(上手にはぐらかす76頁など)。

 著者は、論争の勝敗が、論理力などより声の大きさや押しの太さなどの要因の方が大きいと考えている。こうした点は、きだみのるの「所詮、論争の勝敗は体力で決まる」というのと同じ感覚を有しておられる。そうした視点から本書が認められている。

 痛快だったのは、詭弁術の説明のところで、水俣病に珍説を出して賠償や補償問題をうやむやにしようとした企業の姿勢を批判しながら、相殺法の例示として活用している66〜68頁あたりである。

 もうひとつ興味深い数字が118頁に挙げられている。日本は水資源が豊かな国というイメージがある。確かに降水量をみると、日本の年間平均降水量(主要都市平均)は、アメリカ、イギリス、フランスより大幅に大きく、ブラジルと比べてもそん色がない。しかし、このデータはまやかしであるという。降水量を国土面積でトン数換算したり、それを人口で割ると、ブラジル>>アメリカ>フランス>日本>イギリスの順になる。このような推計数字を国際比較するよりは、実際に使用している水道水の量の比較の方が良い統計であるはずだが、残念ながら言及がない。本書が書かれた1976年当時じゃ統計がない気もする。

 もうひとつ興味深い歴史が119頁に挙げられている。ハンガリーの産科医で、二つのまったく設備の同じ産科施設で、死亡率が2〜3倍と大幅に異なることに悩んだ挙句に、よく分からないが出はいりしている医師の顔ぶれの違いから細菌のようなものが運ばれているのではないかと推測し、学生に手洗いを奨励した結果、劇的に死亡率が下がったという話が紹介されている。

 最後の章「論理のあそび」では、有名な問題であるが、チャーチル(必ず本当を言う)とヒトラー(必ず嘘をつく)に一回だけ質問して、天国に行けるようにする質問方法などについて解説されている。その応用にあたるスターリン(出鱈目)を加えて2回質問して天国に行ける方法についても書かれている。これは、ARPとかいう会社のweb頁で、梶谷通稔(1939年生まれ)なる人物が、連載の設問38に「出所不明」として解説しているのとまったく同じである。最近は、よく出所を調べもせずに書ける胆力だけある老人が多いと呆れる。少なくとも本書は出所のひとつとして良かろう(野崎昭弘は1936年生まれ)。

 蛇足になるが、本書の69頁に「うがった見方」という言葉を奇をてらった見方のような意味で用いている。2012年9月ごろ文化庁の国語世論調査で「穿った見方」とは本来は、本質を突き抜けてみる見方のことであり、最近は、3割程度の人しかそのように認識していないと紹介されていた。しかし、広辞苑第四版(1996年)などの辞書にも「穿った見方」の語は記載がなく、「穿つ」の意味にも次のようにしか書かれていない

他五_(奈良時代には清音)
孔をあける。穴を掘る。つきぬく。土佐「棹は―・つ波の上の月を」。「点滴石を―・つ」_せんさくする。普通には知られていない所をあばく。微妙な点を言い表す。浮世床二「人情のありさまをくはしく―・ちて」。「―・ったことを言う」_こったことをする。洒、浪花今八卦「紋も模様も大きに―・ち過ぎて賤しき場もありしが」_中に体を通す。衣服・はきものなどを身につける。「敝履(へいり)を―・つ」

 私も古い書物(本書のような1976年の書物)でも奇をてらった見方の意味で使われていたものしか記憶になく、昨年9月に今に始まった話かはなはだ疑問に感じた単語である。質問票をつくった文化庁がまさに奇をてらった調査をしたのではないかと思う。

<2013.1.18>

Kazari