書評


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[低質]田中秀(2006)「データの罠 世論はこうして作られる」集英社新書

 本書は詳細に書いている事柄と大雑把に書いている事柄のバランスが悪い書物である。タイトルに則した内容が少ない。

 51頁にデータのねつ造を行った社団法人「新情報センター」について記載がある。日銀の委託のほかにも常習的にデータのねつ造を行っていた疑いが濃厚と時事通信(2005.9.5)が報じたとのこと。被害を受けたのは、内閣府の食育調査、日銀の国民意識調査、総務省の家計消費状況調査である。その後、不正データを除いて再集計されたらしいが、残ったサンプルでどれだけ信憑性が残るかも疑問である。この辺の詳しい調査は割愛されている。

 テレビの視聴率データは、1600万世帯から約600世帯をもとに、調査を行っている。無作為抽出なら、理論的には、600世帯で視聴率30%で誤差+−3.7%に止まると説明されているが中途半端感が否めない。例えば、無作為抽出した600世帯がすべて設置許可に応じるわけではない。拒否されれば、無作為抽出が続くわけだが、その時のサンプルバイアスには言及がない。謝礼を払うから拒否する人はいないと調査会社は嘘をつくだろうけれども。

 自治体ランキングでも、調査対象とする指標を最終的に等価評価することの妥当性については言及がない。ランキング以降は著者の感想文。読む気もうせる。副題に「世論はこうしてつくられる」とあったので、もっと世論調査を深く掘り下げているのかと思って読み始めたが、当てが外れた。日本の書籍には、著作物の内容が、主題や副題とかけ離れたものが多い。こういう馬鹿げた日本特有の出版文化が継続すると、書籍離れも進むだろうなという気がする。専門的内容を書いた英書で、こうした事態はまずないだけに、日本の書物の低質性にもつながっている。

 サッカーワールドカップの経済効果などについては経済音痴ぶりを発揮している。マイナス部分を考慮していないというが、テレビのない施設の空席が目立ったとか、産業連関分析と関係ない話に終始している。仮にあっても他の施設が満杯で、その施設からの派生需要があれば、特に関係がない。産業連関分析は部門間のトータルの効果の話をしているのだから、儲かる企業と儲からない企業があるとの指摘は、産業連関分析で捕捉できないことの証拠にならない。産業連関分析でとらえているのは、ワールドカップにより(以前より儲かる企業と儲からない企業の)儲かる部分の合計(直接効果)とその派生需要にあたる間接効果を推計しているからである。著者は馬鹿なのではと思う文章が103〜4頁に書かれている。過大推計になりがちなのは確かだが、それは直接効果がそもそも過大に見積もっているからである。もう少しまともに指摘すべきだろう。

 需要予想も眉唾物も感想文でげんなりする。そもそも需要予想を行う必要のある高速道路、橋、施設などはコストベネフィット分析を用いる。過去の官庁が行った調査群を見れば明らかな通り、省庁が第三者に委託した調査研究がほとんどだが、省庁お手盛りの結果になり、無駄な公共事業が行われ、その需要予測は悉く外れているのが、情けない我が国の現状である。天下り先ができれば、どんなひどい費用便益分析でも役人は採用する。ちゃんと批判して書けよ。企業調査で回答率の低い調査はあてにならないという常識を言われて紙面をつぶされてもなぁ。

 一番ページ数を割いているのが、日本人の英語力で、これも単なる紙面つぶし。更なる調査が必要って言われてもなぁ、この本で結論出せよ。

 比較的まともな沖縄事件報道も、統計数字の調査は中途半端で、結論も中途半端。後は大きな政府とは言えない日本くらい。つまらない本だ。

 出口調査の結果は参考までに表にしておく。

2003年
		自民党	誤差(%)	民主党	誤差(%)
予想機関
NHK		228	-3.8		188	6.2
日本テレビ	221	-6.8		205	15.8
TBS		230	-3.0		188	6.2
フジ		233	-1.7		180	1.7
テレビ朝日	220	-7.2		193	9.0
当選者数	237			177
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資料)各社テレビ報道による
出所)本書79頁

2005年
		自民党	誤差(%)	民主党	誤差(%)
予想機関
NHK		305	3.0		106	-6.2
日本テレビ	309	4.4		104	-8.0
TBS		307	3.7		105	-7.1
フジ		306	3.4		101	-10.6
テレビ朝日	304	2.7		104	-8.0
当選者数	296			113
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資料)各社テレビ報道による
出所)本書81頁

 日本の政府の規模についてもいくつか備忘録として書いておく

人口1000人あたり公務員数(人)

日本		35.1
イギリス	73.0
フランス	96.3
アメリカ	80.6
ドイツ		58.4
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資料)総務省
出所)本書164頁

公的部門雇用者数の比率に関する国際比較(%)

日本		9.2
イギリス	31.4
フランス	32.6
アメリカ	18.3
ドイツ		25.8
イタリア	24.4
スウェーデン	38.2
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資料)中村圭介「多すぎるのか、それとも効率的かー日本の公務員」
日本労働研究雑誌2004年4月号
出所)本書165頁

 蛇足になるが、本書が指摘する以外にも、いい加減なアンケート調査は多数見受けられ、近年だと、テレビの電話による世論調査のすべてが該当する。最近は、有効回答数すら述べずに広めたいデマの結果だけ言及する報道番組すらある。

 また、国土交通省の原子力事故の旅客へのアンケート調査などにもみられる。だいたい調査票も有効回答数も知れないデータ公表を行う時点で、調査や集計方法に問題があるのは明らかだし、どうせ調査自体をどこかの財団や社団に丸投げしているのだろうが、こうしたふざけたアンケート調査が、政府機関から出るのは由々しき問題である。特に原発被災者の賠償に悪影響をもたらす恣意的な内容の物はそもそも公表するべきでもない。自省でまともな社会調査を行える能力くらい付けたまえと言いたい。

<2013.1.19>

Kazari