書評


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[普通]東大作(2009)「平和構築」岩波新書

 最近、開発系の新書は読んでなかったので、手に取ってみた。評価はド素人の本なので甘くして、普通にした。著者は元NHKディレクターで国際政治が専門らしい。

 アフリカ系の話も載っているので参考になる点もある。この著者は国連の委託研究職員みたいで、国連の活動が正しいとの立場から執筆されている。そして、アメリカのブッシュ政権は、「ネオコン」の台頭が激しく、国連抜きの独自の国家建設にこだわるあまり、国連の平和構築活動やアフガニスタンの自治を害していると指摘している。アメリカは自由主義の国だから、フリーハンドでタリバン勢力の掃討作戦を継続している。ただ軍事活動をしたいだけだから、必ずしもタリバン掃討と言いつつも、多数の民間人被害をもたらしていることも問題で、そうしたことが、中村哲らの援助活動の妨害にもなっている。

 最初の方は、困難な時期にインタビューを行う著者の学者行動に不安を覚えたが、書いてあることは比較的まともだ。この本に紹介されている平和構築について議論されている「レジティマシー(Legitimacy)」という概念の紹介が特に興味深い。日本では法的正当性といった語感が強いが、平和構築については、人々が自発的に従うような正統性という概念だと46−47頁に紹介されている。

 少し脱線するが、平たく言えば、活動主体となる組織への信用とか、信任ということが大変重要と認識されるようになったということだろう。市場経済でもそうなのだが、競争の背景には基本となる信用取引が必要不可欠になる。特定勢力が法的にズルをしていたり、法的にグレーでも、道徳的に悪徳な事をしていれば、そうした企業活動は社会を傷つけるし、市場経済の活力を損なう。こうした信用を失う行為は支持されないようになっていなければならない。市場競争を法的ルールによって秩序を保つことも大事だが、不正行為による利益増大活動を規範的に非難するような社会であることの方が重要である。しかし、日本では、「勝ち馬に乗れ」だの、現在では完全競争とは程遠い「ぼったくり」みたいな行為が、マスメディアや官僚に積極的に礼賛される浅ましき状況にある。経済の平和構築について日本は失敗し始め、どんどん悪化の一途を辿っている。安倍政権の政策を見ると特にその傾向が激しい。

 やや脱線が過ぎた。本書に話を戻そう。選挙後、紛争とくに軍事対立にならないのは、民主主義国家では、この「レジティマシー(Legitimacy)」が効くからだそうだ。それ以外の秩序支持の動機として、ハードという人は「法による強制」「個人の損得勘定」をあげているそうだ(47頁)。

 残念な点は、著者が挙げている調査報告の類は、調査前から、ペシャワールの会代表の中村哲の著書を読むか、インタビューでもすれば自明と思える点である。例えば、本書の96頁から多くの紙面を使って紹介されている非合法武装組織解体プログラム(DIAG:Disbandment of Illegal Armed Groups)による武器放棄がある。これは、国連と現地政府のスタッフが「武器放棄に応じれば開発を実施する」と説得して、一定の成果をあげた事業だと説明され、予算不足で開発政策が遅れ、その間に米国の軍事行動もあって、だんだん状況は悪化しているとも報告されている。著者は、「最初から予算不足のない開発メニューの提示を」と提言しているが、そのような小さな開発で武器放棄に応じるかは不透明である。その点についての言及はあまり真面目にされていない。

 もうひとつ一定の成果をあげた政策として、地域開発評議会(CDC:Community Development Council)の事業を紹介している。こちらは住民と協議のうえ、住民の望む開発政策を行うというものだ。内容も小規模ながらきめが細かく、グラミン銀行のようなマイクロファイナンス的な事業も行っている。

 こうした政策が効く背景は自明だ。もともとアフガニスタン政府は一方的に住民の期待を裏切った。そして、住民らは平穏な生活を脅かされて、必要に迫られて武装化したに過ぎない。本来なら、武器云々以前に政府が信用を回復するには、まず開発があっても良いくらいなのである。そういう意味では著者の提言は踏み込んだ政策がまったくない。お役人の発想である。

 まず一方的に内戦状態のようになり、生活権を奪われた住民が武装化した所に行って、「過去の事は忘れてくれ、これから飴あげるから武器頂戴」という説得にも違和感を覚える。まずお役人に武器放棄という頭をさげるようなことをしないと何もしないというのは、いかにも住民を馬鹿にした話だからだ。

 開発経済学の立場からはとても推奨できない誘因方式だ。私が現地担当なら、武装化勢力の支配地域に出向き、まず開発政策を行いたいから、協力してくれと頼む。具体的には、非合法組織をそのまま丸抱えで、その地域の治安維持をしてもらい、一定の警護代を払いつつ、政府の開発チームを送り込む。二月程度で一定の成果があげるような開発プロジェクトを行う。成果があがった段階で、治安維持を続けるか、武器放棄して市民に戻るか選択権を与える。治安維持の方を続ける場合、政府の治安維持部隊による正規の訓練を受けてもらった上で、法の順守を誓わせ、非合法を合法化する。市民に戻る場合は、完全武装解除してもらったうえで、開発チームに加わるか、単なる住民になるのか選択してもらう。こんな感じで平和構築以前に政府と現地の信用構築を行うことが先決だと思う。

 国際政治の現場で開発に関わる割に、著者は勉強不足で、開発経済の基本的な事柄に精通しているように見えない。

 下記は覚書き。27頁は数字なので、下記した。35頁は図なので面白いが省略(国連PKO局の資料からPKO活動に従事するスタッフ数を1991〜2009年まで線グラフ化したもの)。

表1.冷戦後の主な平和構築
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ナミビア		1989-90
ニカラグア		1989-92
アンゴラ		1991-97
カンボジア		1991-93
エルサルバトル		1991-95
モザンピーク		1992-94
リベリア		1993-97
ルワンダ		1993-96
ハイチ			1993-2000
			2004-
ボスニア		1995-
クロアチア		1995-98
グアテマラ		1997
東ティモール		1999-
コソボ			1999-
シエラネオネ		1999-
コンゴ民主共和国	2000-
アフガニスタン		2001-
イラク			2003-
コートジボアール	2004-
スーダン(南北和平)	2005-
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資料)国連PKO局ウェブサイトなどから
注)本書にはハイチ以降の-の後に年次がない場合、現在と書かれているが、
それが出版時2009年なのか、調査年次のより以前の年なのか、判然としないため、
「現在」は省力した。
出所)本書27頁

<2013.1.21>

Kazari