書評


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[良書] 宇野哲人(1980)「中国思想」講談社現代文庫

 私は中国思想についての書物の内容を評価できるほど、精通しているわけではないが、この手の本を書くのに必要な読書量くらいは想定できる。そして、著者はかなり多くの漢書を読みこなして、この本を書いていることが伝わってくるため、良書とした。

 最初の方は、孔子、孟子、老子について、多くの頁数を割いて、詳細に比較しながら書かれている点が分かりやすくて良い。老子の思想の根源について、3説ほど紹介した上で、著者の説を述べるなど、書き方も信頼のおけるものになっている。

 漢籍を読み漁っただけの事はあり、随所に四字熟語が出てくる。また、よりマイナーな諸子百家の思想について書く際には、何の漢籍にどれだけの書物を残したと書かれており、我々が、目にすることのできる書籍は、この書籍というように書かれているので、後でその人物の思想をより詳しく知りたい時に、原著などにあたる際の手がかりがきちんと残されているのも有難い。

 こういう書き方ができるのは、原著にあたられても自分の読みに自信があるからである。また、十分な文章力から、必要最小限程度に図表などを用いている点もすばらしい。昨今の文章力の欠如を図表で誤魔化すような本を読まされてばかりいると、より感銘を受ける。

 政府の仕事をしている無能な経済学者に読ませたくなる本である。

[良書]西岡常一,小原二郎(1978)「法隆寺を支えた木」NHKブックス

 西岡常一は、法隆寺の入り口付近にある観光案内施設の二階にも常設展示がある有名な宮大工である。その宮大工と、法隆寺の昭和大修理に加わった学者が、共著した面白い本である。法隆寺の昭和大修理は金堂だけでも昭和25〜29(西暦1950〜1954)年までかかっている。

 この本で、法隆寺の建造物の多くの基礎的な木材が、ヒノキであり、1300年程度、材木としてもつことを知った。鎌倉以前はほとんどがヒノキ、一部だけスギ、鎌倉以降はケヤキが使われ始め、江戸に入ると、マツやスギが使われるようになったそうである。スギは赤みのいいところで、7〜800年、マツとケヤキが400年と書かれている(45頁:西岡常一)。また、多くの法隆寺の材木は樹齢1000年以上のものが用いられたと書かれている(53頁:西岡常一)。またヒノキの表面が悪くなった木材をカンナにかけると2-3mm削るだけ新品の材木のようになるとも書かれている(54頁:西岡常一)。

 昭和大修理では、それまでの改修に使われたマツやスギを除いて、本来のヒノキに戻すことも行われた。日本の木材では賄うことができずに、台湾の山ごと買って、樹齢2500年クラスの木を伐採して法隆寺の修理を行ったそうである。最近、久方ぶりに法隆寺を見てきたばかりなので、より興味がわく。

 宮大工の話の後に、法隆寺を調査した学者である小原二郎が材木についての科学的な見地からの説明が続いている。ヒノキ、ケヤキ、サクラの電子顕微鏡の写真(84頁)や五重の塔の心柱の樹齢の推定422〜455年(106頁)など面白い話が多い。

 文章から分かりにくいのは、丸太の乾燥が木の表面側から進行するため、割れが入りやすく、そのため、水につけて乾燥させたとあるが、どのように水につけて乾燥させたのかがいまいち分からなかった。分かりにくい箇所はそれくらいである。

 途中関連性の低い話題も入るが、4章の「木は生きている」がまた面白い。木(ヒノキか?)は伐採から2-300年の間は、曲げ強さや強度があがり、2割程度上昇し、その後ゆるやかに弱くなっていくのだそうだ(138頁)。科学的データは144頁や145頁の図で示されている。

 他に引用して見たくなるような箇所は以下のような文章である。

 一般に木材の強さは比重に比例するが、針葉樹は材が軽軟であるから、重くて硬い広葉樹より弱い。しかし、老化に対する抵抗は逆に大きい(150頁)。

 『古事記』および『日本書紀』の中にあらわれる材木の種類を調べてみると、五十三種もあり、二十七科四十属に及んでいる。この中にはヒノキ、マツ、スギ、クスノキをはじめ、有用樹種といわれるものが十数種もある。その中で興味深いのは『日本書紀』の素戔嗚尊の説話である。それによると、
「日本は島国だから、舟がなければ困るだろうといわれて、ひげや胸の毛を抜いてまき散らしたところ、ヒノキとスギとクスノキとマキが生えた。そこで尊はそれぞれの用途を示して、ヒノキは宮殿に、スギとクスノキは舟に、マキは棺の材に使え」
 ここで大変興味深いことは、以上の記録が考古学的な立場からの調査とよく一致することである(162頁)。

 棺材についてまとめてみると、華南から北朝鮮に棺材(コウヨウザン)が運ばれており、日本から南朝鮮に棺材(コウヤマキ)が運ばれたことがわかった(166頁:括弧内の材木種は注として追加したが材木種の情報は166頁以前に書かれている)。

<2013.2.13>

Kazari