書評


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最近読んだ本の寸評

[普通]Jean-Paul Sartre[著]加藤周一[編著](1984)「人類の知的遺産 77 サルトル」講談社

 サルトルはまともに読んだことがなかった。本書の前半は、加藤周一の解説、後半は、本人の著書の翻訳が掲載されている。サルトルの言っていること自体は普通な気がするが、解説にもある通り、何らかの(ウィットゲンシュタインなどの)独我論的な立場に立たない限り、他者の存在を入れた世界の無矛盾性とかは言えないだろう。そのため、サルトルの言っている内容を深く理解するためには、サルトルがどういう定義で、「自由」や「統一」という言葉を使っていたのか、詳細に知る必要があるが、解説からは細かい部分が読み取れない。だから加藤周一の本って好きになれないんだよなぁ。

 前半のサルトルの解説では特に感心するような内容はないが、他者の評価を自分の像と総合的に統一されたものとしてみるサルトルの立場はもう少し、詳細に解説してほしいものだ。サルトルが、すべての人が他己評価を受け入れるべきだと考えたにせよ、そうできない人は精神病になったりするわけで、その辺の認識が詳しく書かれないと、現実と哲学を、文学の中で具体的な人物を描くことで抽象的世界観を示したとか、サルトルの「統一」への努力が優れているという解説の真実味が失われるはずだ。サルトルの数編の著作を読んでも、細かい部分が分からないままである。サルトルの政治活動については尊敬に値するが、哲学者として優秀と思えない。

 サルトルの芸術論は著作の中で特に書き方が雑でつまらない愚作である。サルトルは、音楽と文学に共通の要素はないらしいが、いくらでも指摘できる。現象学的に音と色、文字の知覚の仕方が違うからと言って、統合的に芸術論として扱えないと言う立場は、彼の哲学の立場とも矛盾する内容を含むだけにナンセンスにすら思える。詩と散文についてはサルトルよりも古い時代から言われている違いに過ぎないし、これを数ある彼の著作から取り上げたのは編集の失敗ではなかろうか。解説した内容にあまり関係ないし。サルトル自体の他の著作はそんなに悪くないが、解説や取り上げる著作の選定ミスによって本書の評価が下がらざるを得ない。

[普通]大澤直(1996)「はんだ付技術なぜなぜ100問」工業調査会

 ハンダの歴史などについては面白かった。工学的な部分は、検証不能なので評価は割愛するとして、ハンダの鉛フリーについて後述するみたいな記述があった割に、その後述箇所が私には発見できなかった。

[低質]浅野健二[校注](1987)「人国記・新人国記」岩波文庫

 県民性関係でまともな本は見たことはないが、けなし屋さんが書いた昔の県民性について書かれた本である。

[低質]吉野秀(2008)「お客さま!そういう理屈は通りません」ベスト新書

 日本語というのは、世代間で好まれる言葉が違うという単純な事実すら、無視して書いており、この程度の日本語で著書を書くおこがましさ全開の本である。著者よりもっと良い言葉を簡単に指摘できそうな文例まであるので辟易した。自信を持つのも大概にしなければいけないと言うことを思い出させるくらいの効果しかない。

<2013.3.18>

[普通]Jean-Paul Sartre[著]加藤周一[編著](1984)「人類の知的遺産 77 サルトル」講談社

 良い点についてももう少し書いておこう。サルトルの著書の翻訳では、「植民地主義はひとつの体制である」が一番良い。フランスによるアルジェリアの植民地統治に関する記述は、他の著書よりずばぬけて秀でている。農村経済に関する部分が分かりやすく書かれているのが特に良い。順番では先に読むことになるサルトルの芸術論は、かなり学者の言葉遊びが過ぎてつまらない。その直後に読むことになるから、なおさら新鮮さが際立っている。他の論考でもフランスのアルジェリア関係は光るものがある。「ジェノサイド」なんか強烈である。ちょっと言葉が激しすぎるけれども。開発経済学に興味のある人は、この2編は読んでおく価値があると思う。

<2013.3.29>

Kazari