書評


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[良書]岡本勝(2016)「アメリカにおけるタバコ戦争の軌跡」ミネルヴァ書房

 前回の書評で取り上げた本より一年前に書かれたものである。内容はこちらの方が上等である。アメリカのタバコの広告や反対運動、タバコ法規制の変遷、世界保健機構の取り組み、アメリカの国内航空機の禁煙化の流れ、州別の禁煙法制の流れ、たばこ訴訟と詳細に調査されている。

 いくつか覚書のために内容を書き留めておく。アメリカのタバコは植民地時代には、「パイプ・タバコ」と「嗅ぎタバコ(Snuff)」が一般的で、その後、「葉巻(cigar)」と「噛みタバコ(chewing-tobacco, plug)」、19世紀末には噛みタバコが最も流行し、南北戦争から「紙巻きたばこ(cigarette)」が台頭、一般的になる。(pp91-2)

 その他の指摘で面白い点は以下の通り。喫煙と病気の関係の解明が遅れたのは、レントゲンなどの医療機器の技術が不足していて、肺がんを死因と特定するには解剖が必要となるなどの技術的困難があった。当初のアメリカのタバコ生産会社は、若年層(正確には未成年)や女性に売ることを念頭に広告や経営戦略を練った。喫煙反対運動も子供や女性が喫煙すると風紀が乱れるとして反対した。そうした反対運動の反発として、喫煙が自由の象徴として認識された側面もあり、事態をより悪化させたと考えらえる。また、たばこ会社が支援して行われた研究機関(TIRC)の研究論文は、たばこ生産者に有利な事実と異なるバイアスがかかったことを指摘している。健康未来連合は、喫煙する労働者の疾病が原因の生産性低下によって、マサチューセッツ州に年間15億ドル損失があると試算している(p252)。1987年レーガン政権時、飛行時間が2時間以内のフライト(国内フライトのほとんど)が連邦法により全面禁煙が義務付けられ、違反者に1000ドル、探知機の不正操作には2000ドルを上限とする罰金が科された(p261)。1990年にはアメリカ国内航空便で全面禁煙が実施された(p262)。

 アメリカの喫煙率は1950年代に50%ちかくあったが、21世紀初頭には25%に下がっており、現在も低下傾向が続いている。アメリカでは1964年の公衆衛生局医務長官もん委員会報告書により、たばこの有害性を認め、1986年の医務長官報告書では、ニコチン依存症の恐ろしさを認め、受動喫煙による健康被害を認めている。

 最後の方でアメリカが通商政策として、タバコ産業の輸出振興に力を入れて、日本や韓国、台湾、タイなどにタバコの輸入関税の大幅な引き下げなどの廃止で圧力をかけたことが言及されている。日本の橋本政権の時、通商代表がClayton Yeutter(1989年ブッシュ政権の時農務長官を務めた後にブリティシュアメリカタバコ会社の理事になっている)や、Carla Hillsにいたってタイが屈しなかったため、GATTに提訴、GATTはお門違いにもアメリカ政府の申し立てを認めるおバカな裁定を下したとある(p380-1)。

 アメリカのたばこ会社が行った非人道的な経営手法は、ほぼJTが踏襲しており、このことも日本の途上国ぶりがよく表れている。たばこに関する法措置は少なく見積もって30年、長めに見れば50年程度、アメリカより遅れている。アメリカの猿真似が好きな国にしては不出来ですね(嫌味ですよ)。刺青による温泉や銭湯の入場拒否に見られる人権意識の低さも呆れるものがあるが、もういい加減に人権意識も受動喫煙の阻止も世界標準に追いついてほしいものである。

 現在刺青を入れている人はスポーツ選手、海外では文化的に入れるニュージーランドの人たちなどがいる。世界人権条約に批准している国として、こういう人たちの人権をないがしろにする日本という国は本当に恥ずかしい。なので現行法は、憲法に違反した措置を警察が権力を笠に強要している状態が続いているが、日本の司法界は鈍感だから、こうした問題より、一票の格差にご執心なのである。日本は遅れてるよね。暴力団員が足抜けして、社会に戻る仕組みを作ることは大事だが、見分けがつかなければ、無関係の人も冤罪をかけて人権弾圧してでも良いという考え自体不健全だ。社会的にも正しくないよ。職質を既得権益とする日本の警察は本当に能力が低くて辟易する。

 そういうことだから、わき見運転や事故の原因になる運転中の喫煙をいつまでも統計すら取ろうとせず、いたずらに事故犠牲者を増やし続けているのでしょうね。飲酒やスマホ、ヘッドホンが規制対象で、たばこだけ例外なんて、小学生にも論理性を説明できないです。

[良書]田中謙(2014)「タバコ規制をめぐる法と政策」日本評論社

 法律の立場からタバコ問題の論点整理を行っている。日本が世界の常識から大きくかけ離れており、途上国ぶりが如何なく発揮されていることを改めて認識できるように書かれている。

 最初の一章を読めば、この著者の論理性の高さ、日本語の分かりやすさ、論旨展開のうまさが際立っていると感心する。ここ数年、読んだ本の中でも段違いに優れている。それだけに本書の価格は残念ですね。もっと広く多くの人に読んでいただきたいので、もう少しお手軽なお値段だとさらに良いのになぁ。専門家以外手を出しづらいお値段ですよ。しかしタバコ問題を扱う方には必読書としてお勧めしたい高水準の良書である。

 

<2018.9.4>

Kazari