[普通]雨宮処凛・飯田泰之(2009)「脱貧困の経済学」自由国民社
評価は辛めに普通にしました。雨宮処凛の箇所は簡明、良ですが、飯田泰之の箇所はやや悪いので、全体としては普通。
雨宮処凛の主張はとても分かりやすい。どれも自分で直接、取材や経験したことから主張している政策だからだろう。しかし、残念ながら、学者の多くは、特に日本の学者は、国民生活に関わる取材やインタビューに関する書物を驚くほど読まない。
雨宮の主張は経済学的に理論的にサポートしようと思えば、簡単なものばかりだが、普通の経済学しか知らない人には無理な気がする。飯田の提案も力不足としか感じなかった。
もちろん、日本だとヨーロッパの人権についての考えを理解している経済学者が皆無という事情もある。もし対談して問うなら、飯田よりも、吉野直行(金融学者)や高橋伸夫(経営学者)の方がまだましなことを言ってくれそうな気がする。専門外だからと辞退するかなぁ、謙虚な側面を持つ人たちは。
そうなると、ヨーロッパの人権思想に明るい人から法学的に理論化した方が良いような気もする。日本の司法出身者には人権派の人が存在はしているが、ヨーロッパの人権思想を正しく理解している人が存在するのか分からない。社会党の弁護士資格を持つ人は、理解しておらず唖然としたことがある。なんせ、日本は生活保護水準や最低賃金について、最高裁が「ない袖は振れない」と言わんばかりに、行政の裁量権を過大に認める判決を出すほどだから。行政の「ない袖」の主張をしりぞけ、憲法にあるような理想を求めて予算に工夫を求めるのが司法の役割のはずなんだが。。。こんな判決を出す恥知らずな最高裁は、ヨーロッパ先進諸国では見つけられないと思う。
また、原田泰のような輩がベーシック・インカム(以下、BI)を扱うと、とても非人道的な主張につながり唖然とする。生活保護を全廃して、半額程度のベーシックインカムを低所得者にのみ与えるという。たぶん、原田には暗黙のイデオロギーがあって、「働かざる者は食うべからず」とか思っているのだろう。もし生活保護を全廃にして原田の主張する低水準のBIにすれば、労働を行うのは無理な先天性および後天性の障碍者に死ねと言っているのと同じなので気分が悪くなる。
飯田については知らないが、御用学者からの反論を意識するあまりに中途半端感が否めない。この本を読んだ限りでは、ちょっと勉強不足の気もする。
特に経済学者が陥りがちな年功序列賃金への誤解などは典型的だ。小池和男(1991)の議論を知っていれば、労働人口の数%にすぎない大企業でしか実施されていない年功序列賃金が日本の労働市場の特徴などということはできない。年功序列賃金は日本の労働市場の特徴ですらない。幻想である。もちろん、マスメディアと経団連によるデマのようなものに、御用学者が乗っかって流布された通説にまでなっているから、きちんと勉強しないと真実は見えないという構造はある。しかし、小池の議論を知らなくても、労働市場をきちんと統計を見てルポの類を読んで、追っていれば、通説が間違っていることは明らかである。
高度成長期の中小企業の多くの労働者は、転職によってより待遇の良い企業に移ることで所得を増大、家計を安定させてきた。社会のセーフティネットが穴だらけでも就職難を経験することもなく、再就職が容易だった高度成長という自力とは関係ない条件によってもたらされた行幸にすぎない。しかし、年を取った当時の人々は環境が良かったのに過ぎないのだが、その事実を受け入れると自己否定につながり、憂鬱になるからだろう。他力によるものを認めず、自分の実力と自ら欺くことで精神状態を健全に保っているように見える。しかし、だからといって現在の若者に攻撃的なのはお門違いはなはだしいので論破していかないといけない。
また、団塊の世代の社内競争は、競争相手の足をひっぱるような競争であることは当時の職場環境についてルポや小説の類を読めば分かることでもある。その競争に敗れても再就職先に困らないから、労働時間が長くても気楽な競争である。現在の若者の労働環境に比べれば、非常に単純かつ安全な競争であることは疑問の余地がない。飯田はこうした歴史的事実の見落としが多い。世代間不公平はこのような労働環境から言っても是正すべき社会問題である。
ヨーロッパの国の中には、労働組合と企業が、解雇の条件として再就職先の支援が義務化されている国がある。最近、NHKで、日本企業が単純に解雇できると視察に来てがっかりして帰っていくと嘲笑されている様子が放映されていたが、これを日本に輸入するのも一案である。しかし、人権意識の乏しい日本の企業が(大企業であっても)制度を正確に守るとも思えないので、同程度の賃金の再就職先のあっせんを怠った企業については、政府が企業から取り立てを行い、(取り立て成功の有無にかかわらず)補償金を労働者に支払うような保険制度を構築するのがよいかもしれない。失業保険の強化として有意義であろう。
年金についても団塊世代は3000万円ほど得をしている世代との推計もあるのだから、本来、世代間所得の再分配は正面から政治的に解決すべき問題である。飯田が政治的に困難という理由で、世代内の所得再分配を提案したなら、世論的には相続税100%の方が政治的に不可能な提案のはずである。
参考文献
小池和男(1991)『仕事の経済学』東洋経済新報社
<2019.2.3>
雨宮処凛・飯田泰之(2009)の章立ては以下の通りで、政策提言は7までである。飯田の力不足を言うだけでは不親切なので、7個の雨宮の政策提言について経済学的擁護の仕方などを簡単にメモ代わりに書いておこうと思う。法で対応した方がいい提言もある。
1.最低賃金は時給2000円にしろ
2.派遣切りする前に内部留保を取り崩すか、経営陣が減給しろ
3.派遣の使い捨てをやめろ
4.低収入・無収入者に住宅援助しろ
5.生活保護の水際作戦をやめろ
6.結婚・子育てしたい人ができる社会に
7.ベーシックインカムを15万よこせ
8.全員分の仕事ってほんとうにあるのか
1.最低賃金は時給2000円にしろ
一番擁護が難しいのがこれかな。7と整合的にするなら、厳しい。月15万を稼ぐとして、1日8時間20日勤務で15万とすると937.5円。勤務する方が得をするべきなので、月20万として、1日8時間20日勤務で時給1250円。生活保護との兼ね合いからの経済的な擁護は厳しい。
別のアプローチをしてみる。日本人の平均年収は412万円なので、平均賃金は34万。はっきり言って派遣だろうが正社員だろうが、労働の質はたいして変わらないので、同一労働同一賃金の思想から、これを計算すると、2125円になる。ただし派遣平均時給の正当化。一般の最低賃金は厳しいかもしれないが、派遣など同一労働同一賃金の最低賃金水準としては擁護できそうな話になる。
自民党のザル法じゃ意味がないけれども、厚生年金、厚生健康保険の加入義務付けた派遣社員(6か月以上の雇用者)全員を同一労働同一賃金とすれば、雨宮の意図した効果はあるのではないかと思う。
2.派遣切りする前に内部留保を取り崩すか、経営陣が減給しろ
解雇に関しては、本人が希望した場合、どのような雇用形態であってもほぼ同一の職種、同一賃金の再就職先を斡旋しなければならない。この制度に違反した企業は国から罰金が取られ、国は(取り立ての有無にかかわらず)、解雇された人に即時に補償を与える。1.5か月分の給与相当という制度はどうだろう。財源は、企業税から保険用の基金を一度徴収すれば、基本、政府の取り立て、取り立て失敗時のために企業税の一部と基金の運用益で賄うことで事業の運営は可能と思う。
3.派遣の使い捨てをやめろ
これも上の2と同じやり方をするべしかなぁ。
4.低収入・無収入者に住宅援助しろ
昔、住専や住宅金融公庫があり、現在も少数ながら区営、市町村営、都営といろいろ公営住宅はあるけど、数がぜんぜん足りていません。
就労支援宿舎(原則解雇後半年居住可能)を作り、本人の望む技術を習得させる技能実習(無料)を雇用先の企業に行わせて、一定技能に到達したら雇用契約をする。契約成立1件につき、企業に技能実習成功手当を報酬(補助金)として与える。
1年未満で解雇したら、与えた補助金+違約金を企業からとる。最初の財源は投資減税の廃止で浮いた予算。マネタリストの減税は景気に役立つことはないし、投資減税は労働の必要性を減らす効果があるので、賃下げ圧力にもなる。経済学的に行う利点は実は何もないので未来永劫、廃止でよいです。
5.生活保護の水際作戦をやめろ
水際が露見した場合、公務員法違反(懲戒解雇)になるように法改正を行う。
6.結婚・子育てしたい人ができる社会に
女性じゃないから具体的に必要な制度がよく分からない。門外漢ながら、コミュニティ子育ての復活が必要な気がするのだが、社会保障制度はどうデザインすれば良いのだか?
7.ベーシックインカムを15万よこせ
原田泰が半額くらいの予算の試案を行っている。その本にもう2つ研究があると書いてある。
相続税を財源にすればできるけど、上記の就労支援などいろいろと合わせて行うのがいい気もする。
8.全員分の仕事ってほんとうにあるのか
景況によってないなら、作るのが政治家や経営者の仕事です。経営者の仕事は利益を出すことだけではない。社員の雇用、職場環境を安定させ、新規雇用を生み出すこと、さらに言うなら社会に貢献する財・サービスを供給すること。企業の存在理由は財・サービスを供給するなら何でもよいというわけではないし、その供給活動に当たり、社会に有害となる行為を伴ってよいわけでもない(例.公害の排出)。
税制で誘因を作るには、正社員並み給与を支払った新規雇用の年間労働時間を、正社員一人の平均年間労働時間で割って人数換算して、その人数に応じた減税措置をとることなどが考えらえる。国民背番号制があるからね。こういうことも詐欺を防ぎつつできます。
投資減税、株などの源泉分離課税の廃止を行えば、どれだけ税収があがることやら。老人の福祉は資産に応じて減らす必要があります。
相続税増税、地方税の累進税率の増大。所得税と地方税に分ける際に、地方税分を大幅に増やしたのは、地方税(住民税)の累進度が低いからです。自民党はこうした詐術によって、日本では1000万以上の高額所得者にのみ減税が行われ、産業構造がゆがんできています。
<2019.3.25追記>