「大前研一:談合をなくす二つの妙案」(2006/9/6)の馬鹿らしさ。
彼によれば、第一の妙案が「一つは社内の罰則を厳しくすること。談合にかかわった人間を公開する」で、第二の妙案が「もう一つの談合防止策は、アスクル的なやり方とでも言おうか、会社の組織そのものを改変する」で、談合が防げるそうである。論述の根拠は出鱈目である。
第一の妙案の結論で「かかわった人は全員同罪にする。談合の話し合いでその場にいた者、聞いた者、知っていながら通報しなかった者 ―― 少しでもかかわったら容赦なくクビにする(これは麻薬に適用したルールで、日本ではこのルールがあるために麻薬のまん延が防げている)」と書いているが、括弧内が出鱈目である。
もし本当なら、所謂暴力団はとっくの昔に壊滅している。試みに麻薬取締り法を調べてみる。1990年改正で「麻薬及び向精神薬取締り法」と名称になったが、違法な麻薬使用者通報義務の根拠となる法律内容はない。それに前者の解決案は、市場と政府の失敗の一つを「すべての責任を個人に」方式で解決を図るという極めて悪質な発想形式であり、発想そのものがナンセンスだ。
第二の妙案で、大前の頭の中では「特に日本で寡占状態となっているガラス、セメント、鉄鋼、アルミサッシ、タイル、石こう板、便器・浴槽などを世界中から調達すれば少なくとも半額程度にはなる」らしい。本当にそうならば、外資規制も無いのだから、海外の建築資材の流通業者が日本市場に新規参入して荒稼ぎができる。そうなれば、日本企業の購買部も競争せざるえなくなり、分社化しなくとも市場圧力で資材単価は既に低下しているはずである。
実際に大手のゼネコンは原材料や資材を海外(特に中国)から調達をしており、日本の資材提供会社も品質に問題を生じない限り原材料を中国などに切り替えている。バブル当時に比べ、建築資材の単価も2-3割程度なら低下した(積算資料などの統計参照)。所謂公共事業の受注単価はそれ以上に減少したから、更なる資材単価の低下を期待しても、業績が著しく回復するわけではない。最近は中国市場の強大な需要で、鉄など一次産品単価は値上がり傾向であるし、石油価格の高騰もあって一次産品産業は世界的に好況である。日本の建築産業全体で、同質の資材が半額になる見込みはまったくない。
大前によれば、「大林組に限らず、大手ゼネコンがこのように設計、検査、インテリア、購買というように各事業機能を独立させて、それぞれ一つの事業体にする。そうやっていけば複数のすばらしい会社ができる(あるいはつぶれてなくなり他社の機能を使わざるを得なくなる)可能性が出てくる。ゼネコン(general contractor)から専門集団(specialist)のネットワークになる」そうだが、そうなっても専門集団単位での談合がおきるだけである。
設計会社が海外で争っても、そもそも設計思想自体が異なり、耐震基準のない国に日本を想定した設計をすれば、海外市場で競争に勝てることはない。建築業界の人に少しでもインタビューすればその位の事は分かるはずである。姉歯の耐震偽装関連のニュースでも扱われた程度の内容すら大前は知らないらしい。ちなみに日本の大手ゼネコンの購買部は、ほとんどが既に高度に事業部化されている。大前は知らないのだろう。
第二の妙案の結論で「ゼネコンというコスト意識の薄い、売上高で競う業態が無くなることが肝心なのだ、という観点に立てば、これが有効な突破策だと思うがいかがだろうか。そしてその中で頭角を現した集団は、日本でも世界でもやっていける談合とは無縁のプロフェッショナルファームになるだろう」と言っているが、「売上高で競う業態」という問題設定が間違いであるし、その解決策としての政策提言も的外れである。プロ集団の企業なら問題が起きないという予想も誤っている。
売上を重視する業態は他の業種にもあるが、それが必ず談合を生むわけではない。大手ゼネコンにコスト意識がないというが、受注した内容を丸投げにして、費用削減を下請けに転化できる建築業界の仕組みの方に問題がある。しかし、大手ゼネコンの下請けへの丸投げは、公共事業に関する限り官庁が防止できる。官庁が公共事業の落札企業に対して、下請け丸投げを行った場合、落札企業が利益の一部を官庁に罰則金として返金に応じる事と競争入札への今後3年程度の参加停止を契約書に書いておけばいいだけの話で、官庁が下請け丸投げを見抜く能力があれば問題は解決する。
建築関連企業が売上を重視する背景には、公共事業の入札条件や業績を重く見る官庁の評価制度がある。他の業種を鑑みても経営学、経済学の理論をどのように穿り返しても、売上重視が悪い事などとは到底いえない。分社化で競争が激化し、新たな倒産を出して専門家集団として再生するというのは建築業界に関する限り絵空事でしかない。例えば、バブル以降、多くの建築関連企業が倒産した。大手はほとんど分社化などを通じて不良部分を切り離して再建したが、中小零細は建築の能力が高くても財政力などの理由で倒産している。上記の意味で、建築業界は典型的な不公正競争の発現場である。その結果、談合しないとならないような状況に陥りやすい。ちなみに倒産企業の統計には倒産理由も記載されているのだから、見れば一目瞭然だが、大前の頭脳ではそこまで及ばないか。
もう一つ、現在導入されている談合申告企業の罰則を軽くする"密告制度"は、いい制度とはいえない。日経新聞が「日本には馴染まないと企業側の声があったが、効果をあげている」という悪質な記事を書いているが、大手企業優遇政策にしかならない。談合申告できるのは実質的に大手企業だけだろう。もし他の中小零細がそんな事をしたら、下請け工事が回ってこなくなり、倒産してしまう。それにこの制度を通じて天下りが横行し、ますます官民癒着が激しくなる事も予想される。それならば、独占禁止法を厳格適用する方がより即効的効果がある。公安警察など役に立たない部署を廃止して、企業犯罪専門の部署を創設するのもいいだろう。
正確な情報を下に、バブル崩壊以降の建築業界史や官庁の評価問題を鑑みれば、談合が企業統治だけで解決すると考えるのはナンセンスだ。人間の行為である以上、犯罪をゼロにすることは簡単ではないが、一番重要なのは談合の"誘因"を断つ事である。
現行の公共事業の競争入札システムでは、企業規模(一級建築士の数)や業績で入札の制限を行っているが、上記記事を読む限り、大前研一は入札に関する基本事項も知らないようである。例えば、年商30億円未満の空調会社は主要官庁の公共事業について競争入札の資格がない。
競争入札は図面から価格を積算して、官庁の落札予定価格を予想しつつ、他企業の設定価格より1円低いような価格で落札することを競うオークション方式である。プロであっても図面の読み方が図面提出(官庁)側と違うと、談合していても落札できない(∵情報の非対称性)。個々の誘因の問題を考察すると、建設の失敗のリスクを誰がどう負担するのかが一番の問題となる。公共事業である以上、失敗の責任は監督官庁にある。しかし、倫理上あるはずの官庁の責任に対して、官庁に責任をとる誘因があるとはいえない状況がある。特に建築の場合、姉歯のように「大地震がないと分からないだろう」などの感覚が木村建設社長やヒューザー社長にあったのは明白であり、こうしたモラル・ハザードが大問題なのである。官庁でも出世や金銭のためにモラル・ハザードが生じる。
大前の提案には無いが、PFI(民活化)の利用も談合解決にはまったく役に立たない。ゼネコンが一括受注しても、官庁のモラル・ハザードが一括受注企業内部のモラル・ハザードに転じるだけである。PFIはコスト優位性以外の利点を持たない。例えば、住居を一括受注させた場合、欠陥工事による住居に入居した個人は、株式会社から弁済を期待する事になるが、株式会社は倒産しても返せない債務については無責任であり、このリスクを個人や一括受注企業に転化することになる。これが、社会上好ましいかどうか議論すれば、いかにPFIが無力か分かるだろう。住居を道路、住民を道路利用者などに置き換えればより分かりやすいだろうか。開発途上国のPFIは、ほとんどが政治家のサイドビジネスの収入源になっただけである。インドの上水道で米国のコカコーラ社が地方自治体に代わって参入したPFIでは、最貧困層が安全な水にアクセスできなくなった。
つまり市場でも政府でもおこる失敗(モラル・ハザードや談合)は、企業一社の対応で解決する問題ではない。独占・寡占化しやすい産業で、競争的に制度化するのは成功例など無いため、容易ではない。しかし方法論がないわけではない。
汚職となると、庶民感情からすれば、個人資産の没収による弁済など厳罰主義は、官民双方に設定することは好ましく思われるかも知れない。しかし、それは主要な解決方法とはならない。むしろ大事なのは、談合の誘因を取り除くための制度設計にある。
大前も指摘しているが、いいものを作るには相応の費用がかかる。問題は相応の費用をかけて品質の高い建築物を建てた業者が報われ、新規参入も妨げない競争入札システムを構築することにある。企業が、談合に費用をかけるよりも競争に力を入れることが、企業の売上増加に最適な戦略となれば、談合問題は自然消滅する。そのためには、官庁が客観的に、建物の建築中評価、事後評価を行える能力を持つ(評価の専門家を雇用する)必要がある。したがって「談合=悪」とするならば、官庁に正確な監査や評価を行う専門家集団を雇う費用や、官庁の監査・評価集団と民間企業が癒着しないようオンブズマンが監視する費用を税金で賄う国民の覚悟が必要となる。私は、独占禁止法の強化が最善策であるが、現在の根性無しの政治家に期待すべくも無いとなれば、次善の策として次の策を提案したい。第一の提案は、監査・評価の官庁の専門家とオンブズマンの雇用、理想として各々が互いの存在を知らされず、独立に行動できる評価・監査の仕組みの創設である。第二の提案は、防衛庁と外務省以外は公共事業庁を設置して一括して審査・受注・評価・監査を行うことである(官庁側の費用節約)。これには、1.入札参加企業側に個別省庁別の書類を作らずに済むことで企業側の費用削減にもなる他、2.特定省庁しか参加してなかった企業が参入できるため、競争が激化するという副次効果もある。財政均衡主義などの単純なイデオロギーに染まった財政学者なら、PFI命を主張しかねないため、所謂専門家だけのシステムは穴だらけで、社会上好ましいシステムとならないことは前述したので、ここでは繰り返さない。
第三の提案は、入札審査官を増加させ、現行の入札への参入制限を低くし、入札審査にも民間の不正を暴く専門のオンブズマンを入れる事である。入札審査数が増え、審査業務は煩雑になるが、企業規模や業績ではなく、企業の能力を正確に監査し、能力があると官庁が判断した企業に落札させ、定性・定量的に事後評価を行い、失敗のリスクを官庁が取り、次回の入札へ生かす事が重要である。こうした評価システムが次回の入札に有利に作用するとなると、談合する意義が失なわれるため、市場同様の競争に近づいていくのである。そのためには、新規参入を優遇する公共工事やオンブズマンの監査を受けた時中・事後評価の高い企業を優遇することが必要となる。
国土交通省は、事前評価を建審やISO9001取得の優遇などで行っていた。建築物の事後評価を無作為抽出により行った所、ISO9001取得の有無で事後評価に優位な差が見られなかった。国土交通省のISO9001取得の優遇制度は導入後2-3年で廃止となった。実にみっともない有様で、この制度はISO監査機関への時限的補助金になっただけだった。このように官庁が自前で評価能力を持っていないことは大きな問題で、姉歯の耐震強度偽装事件でも指摘されている事柄である。
最後に、これまでの提案でも巧くいかないであろう市場寡占化の生じている特殊な場合を考えよう。談合の罰(3年入札に参加できないなど)を設けると、受注企業がゼロになる場合である。過去のタイヤ(11社)に関する防衛庁の談合事件(2006年1月)で実際にあった。そうした市場では談合を絶やす事は難しい。もちろん、現行の独占禁止法で大手企業をATTのように分割できればいいが、法的にも政治的にも難しいだろう。独占禁止法の新たな改正には、大きな市場シェアをもつ企業が談合を行った場合の罰として罰金だけでなく、繰り返したり悪質な場合には企業分割を明記した方がよい。寡占市場の場合は、新規参入優遇を競争入札の明確な条件とすることも必要だろう。しかし、他業種から参入がないと競争より談合の誘因が強く、永続的に働いてしまう。この事を見ても、大前のゼネコンが専門家集団となる提案が、専門分野別寡占化→談合にいたる如何に無意味な提案か分かるだろう。
<2006.9.8記9.9追記>