時事批評

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2011.6.15(水)東電、甘い計算法主張(毎日新聞)は珍しくとても良い記事だ

ここ数年で一番いい記事

 毎日新聞はここ数年、読むようにしていたが、以前に比べ碌な記事がでないので、もう読むのを止めようと思い始めていた。最近は、取りあえず、記事だけ取っておいて溜めて読むようになっていたが、この記事は例外中の例外で丹念に取材して平易に書かれた良い記事だ。「クローズアップ 20xx」には、たまにすこし良い記事が出るが、これだけきちんとしたのはまず出ない。珍しく推奨できるので、記者名も書いておこう。まず、大見出しの記事の担当者は井上英介、その記事の関連記事も質が高くて、岡田英、久野華代、袴田貴之、河内敏康の4名。補充の解説「内部被ばくって何?」も的を射ていて、科学環境部の奥山智己が書いている。新聞紙面がこんな記事ばかりになることを切に願う。

 かなり高品質な記事なので、欲を言えばもう少し紙面を取って、いつ何人の作業員に対して、測定器(ホールボディーカウンター)による測定を行ったのか、表があると良かったと思うが、まぁこの紙面量に関して言えば、満点の出来である。主記事は、東京電力が、作業員(ほとんど下請け)の内部被爆量の計算を甘くしようとしたというのは言語道断であることを指摘した記事だ。こういう社会派の記事かけるのなら、どんどん書いてほしい。平時から原子力発電所は、まともに作業員の命を尊重した体制を取っていないのだが、その事を大手の新聞が大々的に扱った画期的な記事だと思う。これまで週刊誌レベルでは、「下請けの作業員に原子力発電所の危険な箇所の検査をさせ、その時の被爆で、作業員が骨髄腫で死んだり、白血病になった」また、「労災認定裁判で争ってきた」ことが指摘されてきたけれども、大新聞がちゃんと記事にしたのはあまり見かけない。この記事では、「基準高すぎる」というサブタイトルの所で、記者名無しながら、この作業員の被爆事例が記載されている。こういう記事なら、記者名が曖昧でも許す。

 主記事の内容から、1.内部被爆量に関しては、ホールボディーカウンターという測定器によって測定されること、2.その測定機械では、ある一時点の被爆量しか計測できないこと、3.過去に遡って積算するには、何らかの理論によることが読み取れる。そして、この方法だと、作業期間から時間が経過すればするほど、そもそも半減期が過ぎる放射性物質(特にヨウ素)とかが増えるので、過少な積算値に見積もる結果になることも分かる。つまり長崎病院の臨床医がどういう嘘をついたのかが分かる。

 補充の記事では、この測定器が2700名近くの作業員がいたことのある今回の事故でたったの4台しかないことが指摘されている。解説の記事では、この測定器の計測時間は、一人につき約10分、計測結果が判明するまで1週間もかかるとあり、その間にきつい現場で作業すると?という事も読み取れるように計算されて書かれている。

 それから、この記事からあくまで推測になるが、過去の下請けの作業員の放射線量の計測は、非常に甘くして50mSvとか言っておきながら実際は数倍である可能性、また、東電社員だけは過大に見積もって、今回の事故で250mSv越えをした社員が出たと発表して同情を買おうとしたのではないか?という可能性が感じられる記事になっている。

 同じ紙面に隣接する水説(sui-setsu)はゴミ記事である。エネルギーの質と称して、発電の経済効率が高くないと駄目というものだが、これこそがこれまでの原子力行政を支える論理そのもので、間違いの元でもある。原子力推進派は、ランニングコストが安いことを理由に、この原則から原子力を推進してきた。今回、一度事故が起きるとコストが高いと言われるようになったが、そもそもプルトニウムなど核廃棄物の事を考慮に入れると、今回の福島原子力発電所の事故以前でも高コストなのではないかという議論があり、この件に関するデータは電力会社各社が非公開だから、自民党の河野のような反原発議員が質問趣意書を書いても回答が得られないし、分からなかった。だから、この論理によっている限り、反原発になることなどあり得ない。阿保な専門家が書くと、こういう馬鹿げたことになるという典型的な記事だ。

 現時点で質を考えるとすれば、単線的に電力需要が増大する産業や生活を支えるとしてきたこれまでのエネルギー政策の質を問うことだ。つまり節電しても、電力需要が2割減っても経済成長できるような技術を考えるということである。日本では、1979年のオイルショック以降、ほとんど電力需要を増やさずに3-4%の実質GDP経済成長をできた時期がある。例えば、電力統計から、電力需要の計を電力9社合計でみると(10社沖縄を含めると1989年度からしか統計がないため)、1979年度は、69,039,891 MWhで翌年度は減少しているものの、1982年度までに上下して、68,014,952 MWhにしかなっていない。この間の実質GDP経済成長率は、1979-82年の3年平均で、3.4%を実現している。この当時の節エネルギー製品は、結局、世界中で売れた。排ガス規制と似た結果になっている。一番、国際競争力としては不利となる規制を入れた市場で勝ち残った製品が、最も国際競争力がつく製品となるわけだから、どこで規制が行われようと多国籍企業の国際競争力にはほとんど関係がない。

 産業界は電気料金があがるとすぐに国際競争力がどうのと言うが、その高い電気代金でも魅力的な製品を作れれば、他国でも魅力的な節電商品だから爆発的に売れる。つまり、経団連がいう「国際競争力が落ちる」とは、無能な経営者と技術開発力のない会社は滅ぶということにすぎない。だから、電力需要を増大させない経済成長は、日本の競争市場の市場淘汰力を強めることになり、無能な経営者が分かりやすくなるから、経団連は反対な訳だ。その辺を政治家含め、間違えた考えに取り付かれて、バブル崩壊後、企業の過保護政策を続けた結果、現在のように成長できない経済構造がどんどん増えてしまった。小泉政権の時に特にひどかった。

<2011.7.15記>

 社会部かな。その後、良い記事が増えたが、毎日新聞の購読は止めた。一応、その後の良い記事を誉めておく。2011.7.28特集ワイドの「内部被ばく」の記事、被爆した人は散発のときに、調査用の髪を日付を書いて取っておくと良いと記事に書かれていた。この部分だけはいい記事だ。裁判の時、有利になるようなら提出するという時のためにも、福島県を中心とした被災民は取っておくと良いだろう。しかし、記事全体は良く分からない内容である。ホールボディカウンターは、人体を通過しないα線、β線は計測できないから過小評価になるとか書かれていたが、それって理論で補ってないのだろうか?。特殊γ線を出さないストロンチウム90だって、セシウム134と組成比で補正しようと思えば、補正できるはずである。観察できないという事実と、機械がどういう数値を出すかは別物のはずだが、その辺伝わらない記事になっていた。2011.6.3湯浅誠の記事は普通。湯浅さんはいい人だが、理想論者だなぁと思う。過去幾度も原発事故の度に安全神話崩壊が言われたが、その都度、言論統制や推進派の情報操作によって神話は復活してきた。いい加減終わらせるためには、選挙できちんと原発を推進しない政党に投票しなければならないが、3.11以前から反原発だった政党は共産党だけなので、簡単に反原発になる見込みはない。3.11の原発事故以降、自民も民主も手のひらを返したように、しかも中途半端に反原発を標榜するようになっているが、本気度は伝わらない。経団連解体くらいしないと難しいのではないかと感じてしまう。現に、反原発デモのほとんどは、報道では無視された。7.16「原発復旧作業員の132人身元分からず」は、完全に以下のNHKのテレビ報道に負けている。

 その他の媒体の良かったものも誉めておこう。NHKも追跡なんとかで、「鳴き殺し」といって作業現場でガイガーカウンタの持込を禁止した措置を明らかにするなどの貢献も見られた。裁判所は調査すれば、実態把握できたであろうに、その「鳴き殺し」を経験した原子力発電所で働いた元作業員の男性は、後のホールボディカウンターによる診断結果では、被爆管理手帳と整合性のない多くの被爆をしたことが示されているが、作業期間によるものと断定できないとかいう理由で裁判所では証拠採用されなかったらしい。司法の場も原子力推進派の力で捻じ曲げられている現実を知り、とても残念に思う。この番組では、今回の原発事故の作業員が、3次下請けまでしか認められていないが、4-6次が存在することや「やくざ組織」の関与について報道していた。政府はまともに対策する気はないらしい。本人が身分を偽れば検査しようがないって、写真付き身分証の確認を確実にすればいいだけなんだが、いかにもやる気無しですな。それから国民栄誉賞を「なでしこ」にあげるのはいいが、末端の原子力作業員2千数人(実数は6千を超えるかもしれないが)に対して表彰することを真面目に検討するべきではなかろうか。できないなら、東電社員、経済産業省の原子力担当、原子力保安院や原子力安全委員、原子力推進派の議員が、(自衛隊の特別徴用でもするなり)福島第一原発の事故現場で作業してもらうのがいいだろう。なんせ一番末端の仕事は誰でもできるらしいから。7.25毎日の提灯記事によれば作業者は3次下請けまで21日現在合計2894人で東電社員はたったの374人らしい。

<2011.8.18記>

Kazari