時事批評

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盗電の不可解な電力需給の数値変更

 普通に深夜早朝時間帯に50%の表示をしときながら前日実績のグラフでは60%程度に変わるのは何故かな

 7月のピークに合わせて、これまで東電自体が事前に発表した電力需給予想では、最大供給力を7月に5200万Kw、8月に5020万Kwとしてきた。

 東電が企業努力したかいがあったのであろう。その後、8月には、最大電力供給量が5400万kwに上昇した時期もあった。当然、涼しい日は、平日ピークが6〜7割になったりした。計画節電する意味がない水準だ。大型電力消費産業に値上げと家庭向けの第四段階の料金設置をしていれば、こんな愚かな現象に陥ることはない。もちろん、大型電力消費産業に鞭だけじゃ可哀そうだから、投資減税や夜間電力使用量の値下げなどは検討してもよいだろうとは思っているが、価格調整の方が格段にましなのは火を見るより明らかである。計画にすると無駄になるという典型的な事象だ。それから夜間は5割を割った日もあった。これなら、原子力発電所すべて止めても、節電で対応できてしまう水準である。

 ちなみに、東電が東電エリアの電力使用率のところで発表している統計は電力需要の実績だけなので、最大供給電力に関しては、過去に遡って改訂し放題になっている。この辺も最初から計算ずくなんだろう。

 現在の技術で再評価するならば、原子力廃棄物の最終処分を行う技術もない(場所すら決まっていない)日本が原子力発電所を運用する意義は乏しい。最終処分前のガラス固形化技術すら覚束ないのが現状である。原子力発電所の日本の稼働率の傑出した低さも安全神話というより、ただ単にひたすら技術力がないだけである。代替エネルギーは、太陽光よりも、蓄電とかの方がまだ期待が持てるのではなかろうか。太陽光自体も蓄電(キャパシタなど)に依存した技術だから、ここに国家プロジェクトとして梃入れした方が、将来展望が明るくなるだろう。制度設計でどうにでもなる問題と、そうでない技術的な問題を、日本の政府やマスコミが適切に論じられないのは、今後の日本の国力を落とすことになるので避けるべきだ。今の段階では、蓄電より揚水発電が安価なのかもしれないが、・・・。

 財務省など政府や政治家(特に自民党)は将来世代に負担を残さないために増税して社会保障を維持できる云々を主張する前に、将来世代に負担を残す現在の原子力発電所は廃止すべきという国民の声を聞き入れるべきじゃなかろうか。正確な数字を出せば、7割以上の国民が原子力発電所の廃止に賛成するはずだ。マスコミを通じて電力が不足するとか、最終処理費用を計上しないで発電費用が安いとか偽の情報を流すから、国民が迷うのである。

 マスコミや政治家などには本当に理系が不足している。ただ保護されて賃金が高いからという理由で金融なんぞに理系が流れるから、人材が不足するのだろう。総数としては医者がいるけれども、もうかる歯医者ばかり増えたから、小児科医や緊急医療を行う医師が不足するというのに似た社会現象である。医療に関して言えば、医師の総数管理などするのがそもそも間違いで、医療価格を保険に合わせて何らかの方法で規制をする方が経済学的にも正しい。財務省の天下り先などなくなってもよいので、いいかげん銀行保護(過重な債務者に不利な日本の住宅ローン制度など)をやめて、理系が理系の就職先を目指さなくなるような特定産業の保護政策をやめるべきだろう。マスコミには文系の専門的知識を持つ人材も不足している。原子力発電所の本当の効率性をきちんと説明も追及もできないのだから。

 あと、マスメディアの事実認識が間違っていて、東電の技術不足と関係ない問題を東電の技術不足のように言っているものがある。東電が可哀そうだから、この点だけは汚名返上してあげよう。当初計画をもとに、汚染水処理設備の稼働率の低さを批判する馬鹿がマスコミには多いが、これまで稼働実績のない未知の大型設備を導入して、いきなり8割、9割で動くことの方が普通の常識ではあり得ない。当初、6割稼働すれば妥当な水準と言える。6か月程度運用して8割にいけば順当、1年後に9割に持っていければ優秀なくらいである。これに関しては計画の方に無理がある。といってもこれは東電本体の技術力というよりは、協力企業の技術力に過ぎないが、・・・。

 原発デモもこれまでになく、数万単位で頻発しているが、テレビ・ニュース報道は戦時下のように戒厳令がひかれているらしく、テレビでも新聞でもまともに報じられていない。テレビ朝日が斉藤和義の歌「ずっとウソだった」のドキュメンタリー特集で、デモがあったことをテレビ報道したくらいだろう。ニュースにはなっていないはずだ(この辺はマスコミよりyoutubeとかinternetの方がはるかにまともである)。それから、朝日は原子力推進企業との癒着が激しいため、忌野清志郎のCovers発売中止に関しては企業名に一切触れないという徹底ぶりであった。当時、多くの週刊誌が実名で批判した会社についても、憶測が飛び交ったと切って捨てていた。忌野清志郎のCovers発売中止したのは、東芝EMIであり、ジャケット撮影ですら社名を見えないようにするテレビ朝日とはいったいどういう企業なのだろう。ドキュメンタリー特集と題して報道した番組ではあってはならない報道姿勢だろう。こういうのが放送倫理にひっかからない日本の現状が嘆かわしい。当時の週刊誌では親会社の東芝が圧力をかけたと報じている。忌野清志郎がTimersのボーカルだったというのは憶測ですというようなものである(皮肉)。

 日米軍産複合体の利権がからむ原子力行政にとっては、節電しなくても盗電管区の原子力発電所を全部とめても大丈夫というのは具合が悪いんだろう。9/1になると急に最大供給電力が当初8月に予定されていた5020万kwに訂正された。柏崎刈谷の第7号機の停止を入れても整合性が全く取れないこの最大供給電力の低下は何だろう。こういう大変重要なニュース報道はもちろんテレビを含め行われていない。盗電のプレスリリースにもない。逆に93%になったというような時は、分子分母の中身も検討せずに、ニュース報道で垂れ流しているにもかかわらずである。

 最近は、テレビ朝日が理性をもっていないらしく、震災がらみの情報操作が増えた。3.11震災前から知られている事実を、たまたま偶然に原子力発電所の耐震関連の委員だけに聞いて(利害関係者だから責任逃れしたいよね)、今回初めて、活断層以外のこれまで動かないと考えられていた断層が、大規模な地震で動く可能性が出たと嘘をついておった。典型的な提灯報道である。こういうのは許しがたいものがあるな。

<2011.9.1記>

 電気事業法第27条に基づく、東北並びに東京電力の節電要請って、たかだか7-9月期のことに過ぎないのだが、財界がぎゃーぎゃー文句を言ったのだろう。こっそり期間短縮してやがるのを見落としていた。これに関しては、テレビ・新聞でのニュース報道一切なしだ。出所は経済産業省のここの一番上の「使用制限の規制緩和について」というPDFにある。PDFなので直接リンクしてないが8月30日付だ。

 日本に言論の自由があるというのなら、9月1日に放送すべきニュースである。500KW以上の大口電気需要者が中心というなら、そもそもニュースで節電を大宣伝する必要もなかっただろう。節電の使用制限を解除するというのなら同じように「あと何週間の辛抱です」って報道するのが正しい報道姿勢というものじゃないのか。マスゴミは日本を無理矢理、戦時下のようにしたいみたいだ。

※ところどころ盗電になっているがわざとです。

<2011.9.1 pm9:00追記>

 8月24日付毎日新聞や東京新聞に北海道幌延町の町長と原子力研究機構の癒着を掲載しているが、こんな地方の小さいネタや「やらせ」とか、矮小な問題しか扱っていない。こんな事より、耐震の偽装とかの方が深刻だろうにと思う。今回、福島第一原子力発電所のバックアップ電源の送電線などは地震の段階で倒壊したらしい。この程度で壊れる設備で許可した原子力保安院も問題が多い。看過した責任も重い。この点は国会で追及すべき大問題であるにも関わらず、東電の報告が出鱈目すぎたため、まともに検証されていない。さらに言えば、これまでの原子力行政の不正を取り調べる第三者機関の設立が必要不可欠である。ここで有罪とされる面々には、事故補償の基金の一部を負担させるべきであるからだ。多くの自民党議員の年金の減額や、官僚の年金の減額になろうが、止むを得ない。

 政治家が失業など個人責任であるというなら、これらの事故前の安全対策不備も当然、個人責任が追及されるべきである。殺人罪の時効がないなら、原子力事故にともなう死に対する責任も当然、個人(安全対策を行えたのに行わなかった当時の東電社長や担当官僚や政権与党の政治家)に求めるのが筋だろう。自民党議員の大半が、近年稀に見る悪法となる過去へ遡及して法を適用した殺人罪の時効延長を圧倒的多数で賛成しているのだから、殺人に等しい事故の責任も負う覚悟があって法案に賛成しているはずだ。福島第一原子力発電所には、小出氏などを中心とした第三者による事故検証委員会をつくるべきである。

<2011.9.6追記>

 夕刊だから見落としていたが、8月15日毎日新聞の「この夏に会いたい」の特集ワイドに、忌野清志郎の記事がある。東芝EMIのCovers発売中止(1988年)と東芝本社の圧力に触れつつ、当時の東芝EMIの邦楽部門の最高責任者だった石坂敬一(wikipediaによれば統括本部長という肩書だったらしい)が「すごい圧力はなかったと思いますが、子会社が自粛したような恰好だったかな」という内容の提灯記事を書いている。

 邦楽部門の最高責任者ごときが、東芝EMIの利益にまったくならない新聞各社への広告費用:数億円の意思決定ができるんだ、すごいですね。どういう企業の意思決定過程だったんでしょうね。代表取締役社長クラスでない人物(せいぜい取締役レベル)が勝手に決めたというなら、ずいぶん変な企業統治を東芝EMIはしていたことになり、株主訴訟した方がいい水準じゃなかろうか。wikipediaによれば、石坂敬一は1988年に取締役、1991年東芝EMI常務取締役、1993年東芝EMI専務取締役、出世してますなぁ。Coversのwikipediaには、「皮肉にも後に石坂はユニバーサルミュージックの代表取締役(1994年)に就任し、同社に移籍した忌野のアルバムを発売中止にしている」と書いてある。こんな人物の証言があてになるのかね。

 この毎日新聞の記者はプロとは言えない。当時の東芝本社と東芝EMIの取締役社長もしくはその周辺への取材など行った上で、その結果を踏まえて書くべきだっただろう。取材して「...だったと思う」と記憶違いも前提にした言い逃れができるような提灯記事を書くのは、清志郎故人に対する侮辱にしかならない。

<2011.9.7追記>

Kazari