能力の低い記事の典型2011.8.26毎日新聞「円、実は高くない?」
この手の低能記事は再生産されてきた
まず第一に、多国間為替レートをひとつにまとめた実質実効為替レートと、単一の二国間通貨レートと比較することは理論的には意味がない。構成要素を説明変数にして多変数回帰しても(計量経済学的に)意義は乏しいのだが、実証研究として、実質実効為替レートを被説明変数として、他の二国間通貨レートを説明変数にした研究がある。このような実証研究によれば、多くの国でUSドルレートが一番説明力を持つことが知られている。アジア通貨危機の際に、ドルペッグ度を測る方法として研究された。実質的にドルペッグしていたと見なされていたアジア諸国などでは、この方法で8割程度はUSドルレートで説明がつくと言われた。この事から、理論的には意味がないが、実質実効為替レートと実質USドルレートとを比較することはある。直接、実質実効為替レートと名目USドルレートを比べるのは、なお違和感がある。それでも、新聞などのジャーナリズムでは、この比較を行うのをときどき見かける。
実はこの程度の一般論すらよく理解されずに書かれる記事がとても多い。この日の毎日新聞の記事では、実質実効為替レートが多国間レートをひとつにまとめたものだとは書いてあるが、それを何故、二国間レートと比較して良いのかは解説されていない。
しばらく実質実効為替レートについては見ていなかったが、海外の投資機関など民間の研究機関以外では、日本では、日銀が一番初期の段階からこの統計を作り始め公表していた。国際決済銀行の作成方法は詳細に知らなかったが、日銀の統計の頁に書いてある。貿易の3年ウェイトを使うらしい。直近のは、3年分出そろうまで、過去のウェイトを使い、過去に遡及して訂正するとある。ということは、直近の統計については、このウェィトの変更による訂正率を勘案しておかないといけない。もちろん、毎日新聞の記事では触れられていない。
また、専門家に聞けば、知っている人もいたかも知れないが、この実質実効為替レートは、理論と整合的な統計があって計算されているわけではない。特に物価。これが為替理論と整合的ではない。実質化の部分を無視して、貿易に限っても、輸入には保険が含まれるので、やはり正確ではない。更に、問題なのは、1.何か国にするのか、2.貿易額などの二国間為替レートを加重平均する時のウェイトをどのように扱うのか、3.物価統計として何を使うのか、という事で大きく変動することが知られている。1987年アメリカ連銀の調査研究だと、計算方法などによって、5年程度で簡単に20〜30%値が変化してしまう。実際にこの統計を作成していたことがあるので、その経験で言うと、それまで貿易量の少なかった国が対象外で、その国との貿易量が増大しているのに、はずしたままだと、その国の有無で値が大幅に変わってしまう。例えば、この記事の期間の日本で言えば、中国が入るか否かは大きな違いである。
日銀の頁からBISに飛べるので、そこで確認すると、Broad58か国に中国は入っている。しかし、3年ウェイトだと精度が高いとは言えないし、月次の可変ウェイト(輸出入の統計の方が遅いため、その遅れる分だけ3か年ウェイト)で出せばいいのにと思う。それから、この統計の作成方法だと、直近のデータは、月次で貿易ウェイトを可変させる統計よりあてにならない。3か月前くらいまでなら、簡単にExcelで作成できるのに、なぜ作成してみなかったのだろう。
現在の統計の諸事情を鑑みれば、一番精度が低いのは物価統計にあたる。最近は、日本をはじめ、internetにおける商業取引の割合が増大するにつれて、その処理の仕方が問題になっているが、うまく統計が取れているようには思えない。BISの方を詳しく見なかったが、US連銀の調査研究では、物価として、卸売物価を使う場合と消費者物価を使う場合でも、大幅に変動していた。
また、為替レートのオーバーシュートは最大で2年近く続くという研究もある。だから、実質実効為替レートを計算するために使うもともと為替レートの値自体が経済学的な意味が乏しい値(単なる投機水準)かもしれないわけだ。
私の経験では、実質実効為替レートとは、あくまで2〜3年のトレンドを見るための統計で、この程度の期間の月次統計(月次の貿易可変ウェイトもしくは3か月平均くらいが望ましい)なら、誰が利用しても使えるものと思うが、長期統計として役立てるためには、相当の能力が要求される統計である。長期にわたる単純な二国間レートとの比較ができるような統計では決してない。新聞に掲載されたグラフを素直に読むなら、1995年以降、名目USドルレートと実質実効為替レートの乖離幅は大きく、無相関に見えるということくらいだろう。実際にこのグラフは2軸で作成されているため、相関係数を取らないと確かなことは何も言えない。それに、普通は、実質実効為替レートを2005年=100にしたのなら、名目USドルレートも2005年=100で描くものである。
最近は、榊原のような学者もどきや新聞記者は勉強不足過ぎて、本当にお話にならない。グラフの作成自体がまともにできていないことは問題が多い。
<2011.9.11>