時事批評

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幼稚な反原発議員:河野太郎の「デモ考」

自分のデモ参加の理由を、デモに参加した全市民に適用できると妄想

 ジブリの発行する小冊子に寄せられた河野太郎の記事があまりに低質なので批判しておこう。

 河野太郎によれば、自分のデモ参加経験から、すべての人のデモ参加の考えを断定できるらしい。まず、この時点で発想自体が小学生だ。河野太郎が留学生の時に、友達に会って垂れ幕もって反原発のデモの先頭を歩いた経験などをもとに、デモを祭りと同じと断定している。

 そして、幼稚な河野によれば、原発推進派:東京電力や官僚、推進団体によって、議員を個別訪問しているため、デモよりも、市民が選挙区議員に自分の考えを告げる方が有効なのだと述べている。阿保かと思う。そもそも、河野太郎という議員が必死になって自民党議員を説得しても、2、3の反原子力議員しか生み出せないのなら、これまでの自民党政治家と官僚と電力各社や設備メーカーが作り上げた原子力ムラの資金に対抗する議員訪問が民間人にできるはずもない。河野太郎は反原発団体の人は暇人と仮定して、資金力を背景に議員を漁る電力各社よりも、政治家を動かすことのできる戸別訪問運動をできると勘違いしている。

 現実には、デモを通じて、マスメディアが大々的に取り上げれば、政治家が無視しえなくなり、その結果、多くの国で反原発となった歴史がある。もし河野の言うような経路で、反原発になった国があるというのなら、あげてみたまえ。歴史から学ばない河野のような輩は、デモが盛り上がって、多くの政治家が反原発に回ると、自分の政治のセールスポイントがなくなるから、このような謬説を唱えて、自己顕示したいのだろうが、こういう低能な記事を採用したジブリや鈴木の経営センスのなさにも、最近私は辟易し始めている。

<2012.2.17>

Kazari