原田泰の経済セミナー(No.651) の批評
低質である。
郵政民営化の失敗から改正を一方的に危機と吹聴するお粗末な内容である。そもそも、民営化の際に、四分社化が正しいという明確な根拠は示されることなく、断行された。原田も四分社化が効率化に役立った証拠がないとして、その見直しには賛意を表している。しかし、四分社化が議論された当時(四分社化はアメリカの提案通りだったのか知らない)、すでに吉野直行らの研究があり、それによれば、郵政グループには、広範に範囲の経済学が作用しており、銀行業務と郵便事業を切り離すことはかえって非効率になると言われていた。こうした議論を一方的に封殺しての四分社化だったのだが、小泉改革以前の予想通り、郵政の全体の事業の効率は落ちた印象しかない。原田がこうした歴史的な経緯に全く触れないのは、どうしたわけか。
また、原田は、この随筆で論拠を示すことなく、JR民営化の際には運賃の値上げが止まったと書いているが、事実に反する。JR民営化後は、地方路線の大幅な値上げとともに、都市部や新幹線の値上げがごくわずかにしか行われなかったということだ。JRが民営企業になったことでサービスが向上した部分もあるが、安全対策が薄くなり事故が増えた。ダイヤの乱れも多くなった。職員の賃金が下がることで経営改善した部分もあるが、モラルも低下し、職員の無銭乗車などの犯罪も増えた。不採算部門を第三セクター化することで、事実上切り捨てた。第三セクター化された交通機関は、多くが破たんしたので、その周辺の住民の多くが公的交通機関を失うことになった。その結果、より自動車社会になり、自動車産業への補助金として作用したほか、世帯ごとの自動車の有無によって社会格差が増大した。また、駅のバリアフリーなどで、他の民間交通機関同様に、地方行政などにたかるようになった。そうしたJR民営化の負の側面には全く触れられていない。
私自身、これらの正と負の側面をすべてを計量比較していないので、JR民営化自体が成功と言えるか分からずにいる。それに、民営化後も、高速鉄道の研究開発については、日本政府が補助しているし、駅のバリアフリー化や踏切の問題解消にしても、地方政府の税金が投入されているので、いわゆる民間交通機関は、純粋な民営企業ではない。この辺は、私学補助金を受けている私立の大学と同じである。
郵政の場合もそうだが、郵便貯金の当時には、1職員による不正があっても、1事件当たりの被害総額は数百万円、せいぜい数千万円のオーダーであった。ゆうちょ銀行になってからは、他の大手銀行並みに、2億円の不正などが発覚するようになった。こうした損失の穴埋めは、民間銀行同様に、預金利子率の低下もしくは手数料の値上げで確保するため、預金者への金融サービスは低下する。
銀行などの公的性格が強い産業やすでに民間市場において独占度が高い産業に関しては、民間の方が効率的というのは信仰に過ぎない。民間の方が効率的という事を示す実証研究も皆無である。つい昨日も、AIJ投資顧問という厚年年金基金を運用する会社が多額の損失を出した。2000億円という巨額の資産が消失した後に、監査で気づくのは、遅きに失している。原田はゆうちょ資産の運用は民間が行うべきというが、AIJの事例をまたずとも、民間で資産運用すれば解決する問題ではない。
また、アメリカのように低賃金にするべきだとか、貸出業務を定型業務に落とすべきだとか述べている。しかし、貸出業務を定型業務に落とした東京新銀行は、多額の融資焦げ付きを招いたのであった。だから金融仲介には信用たる人物かどうかをコストがかかっても丹念に見るしかないのである。そういう意味では、小さい信用組合がもっともそうした審査がまともにできているのも当たり前で、書類に頼る大手銀行の融資が焦げ付きやすいのは当然ともいえる。いずれにしても、原田の議論は底の浅い金融現場を知らない素人の机上の空論にしかなっていない。
<2012.3.16>