開発経済学



第3章.新しい項目

タバコ

 開発経済学で考えなくてはならない項目は増加の一途である。そうした項目の中には、日本を途上国扱いをした方が妥当なものが増加している。

 いくつか取り上げてみたい。まずは、日本が欧米から50年程度遅れている「タバコ問題」から。アメリカでは、タバコの健康被害が確定してから、全館空調のビルを中心に屋内禁煙がすでに当たり前になっている。居住マンションでも全館空調ならまず屋内禁煙が当たり前。世界で一番、自由を重んじる現在のアメリカでは、日本のように居住部にまで法律云々の議論すら起きません。1986年にはアメリカ厚生省が、受動喫煙の危険性とニコチンの依存症を医務長官報告書により公式に認めており、それ以前の1969年の「公衆衛生紙巻きタバコ喫煙法」で、1971年1月12日よりアメリカのTVラジオでのタバコ広告は禁止されている。

 そもそも、「タバコの煙はたなびかない。一様拡散する」とJTが、幼稚な実験室の研究をもとに主張していたのを取り下げ、謝罪するのに何十年かかっただろう。健康被害についても、補助金をだしてねつ造に近い研究を一つ出せば、賛否両論あるなどと称して、煙にまく行為をタバコ産業は繰り返してきた。他人の健康被害を実証した研究には数十年の研究の蓄積がないと確かなことは言えないはずだと難癖をつけておきながら、加熱式タバコには、数年にも満たない研究で健康被害がないと主張するような二重の基準を使う無責任なJTのような企業に、タバコ生産を認めること自体やめた方がいい。

 タバコの健康被害が甚大であるために、WHOが音頭をとって、2003年に「タバコの規制に関する世界保健機関枠組条約」がWHO第56回総会で全会一致で採択され、2005年2月27日に発効した。日本も同条約を批准している。同条約を批准した欧州各国では、数年後に、レストランなど屋内施設での罰則付き原則禁煙措置が取られている。日本では、つい先日、法律が定められたが、効力をもつのはオリンピック直前のものが多い。この条約で見ても他の先進国に13年程度、遅れている。また、この条約の遵守度合いをランキングしているが、先日の法制化が実行されても日本のランクは下から二番目。オリンピック開催国中、最下位の汚名まで保っている。

 タイでは加熱式タバコを含む喫煙禁止が法制化されている。英国と台湾では自動車運転中の喫煙禁止が法制化されている。世界的に見ても日本の健康被害への鈍感さは際立っており、日本の政治家の喫煙率の高さや国会における受動喫煙の強要が、日本の途上国ぶりを雄弁に物語っている。

 日本はタバコに関して異常に特殊な国である。一般の欧米諸国がタバコ産業を所管する省庁は、(日本の)厚生労働省(医療関係の省庁)に相当する。日本は税金を取る目的で財務省。このことがタバコ市場に不当な歪みをもたらしている。

 ついでに言うと、「タバコと化粧品を貿易自由化すれば日本の消費者に利益がある」という馬鹿げた研究がある。佐々波楊子らの「内外価格差の経済学」であるが、内外価格差解消による消費者利益のほとんどがタバコと化粧品なら、(同研究が無視している)貿易自由化の社会的コストの方が大幅に上回るのは疑いの余地がない。こういう社会的価値のない研究はいかがなものかと思う。

タバコ関連 生命保険市場

 日本ではがん保険について、アメリカ一社「アフラック」に特権的に参入が認められ、日本が同分野に参入できるようになったのはつい最近である。こうした世界の貿易金融の枠組みに法的に逸脱したアメリカ企業優遇政策を日本はとり続けて、世界から顰蹙を買っている。他にもケンタッキーフライドチキン一社のために、貿易条約違反となる鶏肉(生肉)輸入の特権的低率関税をアメリカに対して与えたこともある。

 そもそも開発経済学の視点に立てば、金融でも生命保険関係の自由化は政策的に問題が多い。政府系の健康保険を有している国、もしくはそうした制度を持とうとする発展途上国は、生命保険の外資規制を外すべきではない。なぜか?

 答えは簡単だ。日本の厚生労働省の政策を例に説明しよう。国民の何割かが保険適用外の治療を受けられる外資のがん保険に入っていたとしよう。この時に、新しいがん治療法に対して、国民健康保険の適用とする措置が取られたとしよう。この政策は何を意味するだろうか?

 がん患者に必要な措置であっても、このような政策変更は、がん保険会社にとって、本来なら保険加入者に100%治療費を出さなければならなかったはずの治療方法について、3割しか支払わずに済むことを意味する。7割の部分は国民健康保険で賄われるのだから、この部分は、がん保険会社に与えられた典型的な隠れた補助金である。税金であれ、保険料であれ、日本の国民から集めた公的資金が、外国企業に、しかも不透明に流れることには問題が多い。アメリカはこうした制度にビルトインされた利益を自国企業にもたらすために、数十年前から戦略的に外交交渉するようになっている。

 日本における国民の健康保険政策は税金(保険料であっても性質は同じ)をもとに実行されるため、これらが原則、国内企業の利益になる部分は、税務上も政策上も問題が少ない。単に国内の所得再分配とみることもできるし、国内企業なら行政指導により、加入保険者に浮いた費用を還元して払い戻しすることを要求することもできるだろう。国外に税金が直接的に流れるとなると問題が多い。そのため、本質的に、国内政策によって影響が大きい生命保険のような市場は本来、外国に開放する必然性が乏しい。

 このように見れば、市場開放の要件も逆に明らかとなる。生命保険市場への参入は、同じ健康政策や国民健康保険制度を持っていること、市場規模が同じであることなどである。現実的にこのような要件が満たされることはないため、国益を鑑みると市場開放する意義は乏しい。日本には、省庁のがん保険会社への天下り問題もある。詳細に調べれば調べるほど、途上国(実際には先進国であっても)が生保市場を諸外国に開放することは百害あって一利もない。

Kazari