第2章.一物一価の法則
一物一価の法則は、ケインズ以前に発見されている経験則です。そして一物一価が成立する理論的条件には完全競争が入りません。よく誤解している官庁エコノミストが多いので、ケインズが一物一価に関して簡潔に解説した有名な論文すら読んでいないのだろうと思います。伊藤元重氏が講義で、某官庁エコノミストを揶揄していたのを思い出します。その他にも内外価格差に関する新書を書いている白川某も、一物一価を理解せずに本を書いてます。
一物一価が成立する条件は、裁定取引が可能な事だけです。裁定取引が可能になるための条件として、完全情報など必要になりますが、競争条件は必要ありません。その事は、具体例を考えればすぐに理解できます。
A国で独占企業がTシャツを独占的に販売しているとしましょう。ここで、B国のTシャツがA国に輸出できれば、A国とB国のTシャツは同じ価格になります(単純化のため、輸送費は無視しています)。この交易によって、物の価格がひとつに近づく現象を一物一価の法則と言います。ひとつの市場になることから、one worldなどと表現したりする由縁です。上記の例からも分かるように、裁定取引の結果として完全競争に近づくとは言えても、完全競争が一物一価を成立させるために必要なのではありません。
念のため、もうひとつ極端な例を考えましょう。A国でαという独占企業がTシャツを独占的にaという価格で販売していて、B国でβという独占企業がTシャツを独占的にbという価格で販売していたとしましょう。a>bとして、A国とB国で交易できるようになり、その結果、寡占競争になれば、新しい市場均衡c(a>c>b)に到達します。つまり、AとB国のひとつの市場において完全競争にならなくても、一物一価の法則が成立します。独占より寡占の方が、より完全競争に近づいていることはこのような事例であっても言えます。
かつて「internetの普及で、一物一価が進む」という議論がありました。テレビ東京の深夜の報道番組で「そうなる」と伊藤元重も発言しました。情報元は、英誌The Economistの記事か、その記事が参照した論文(記事自身は読みましたが、論文に依拠した記事か忘却)に依っていました。しかし、これは理論の摘要を間違えた好例です。
internetの世界では、価格に関して完全情報を持たない消費者の人を騙せれば、薄い商売でも十分に採算が合います。internet上に店舗を構える費用は、実際に店舗を持つより格段に安いためです。internet上で購入を考えて、商品の価格差を調査し、実際の店舗との販売価格差を少しでも調査した事があれば明らかなのですが、この程度の事も調査しないエコノミスト(節約家)である学者は、簡単に理論の摘要を間違えます。
当時、上記の記事を読んだ私は学生であり、まだあまり安くなかったパソコン部品をできる限り安く買いたいと秋葉原の店舗、地方店、internetの店舗と特定のパソコン部品を複数回に渡って調査した事があるので、そんな馬鹿な事あるわけないと、経験上知っていました。それに思考実験すれば、理論的に上記のような理由を学生でも簡単に思いつくため、internet上の店舗の方が実際の店舗より価格差があっても成立しうることは当然の結果と受け止めていました。
その後、英誌The Economistに論文に依拠した上で、「internet上の店舗間の価格差の方が大きい」という内容をEcnomic Focusという記事で報じました。これを受けて、伊藤元重は同じ報道番組で、「価格差が縮まるかと思うかもしれませんが、そうじゃないんですよね」といった発言をしていました。「そう思っていたのは貴方だけです」と突っ込みたくなるような場面でした。
経済学を学んでいて、J.Robinsonの言葉「経済学者に騙されるな」は珠玉の言葉だと感じたエピソードのひとつです。
貿易理論の学者としては業績もあり、一流の伊藤元重も、ミクロ経済理論を使い、実態調査する段になると、三流になってしまうようです。この他にも、流通革命といって、ダイエー(既に倒産しました)を持ち上げたり、洋服の青山(取り上げられた後、一時、経営難に陥りました)を持ち上げたり、と悉く実体とかけ離れた絵空事を論じている印象があります。
UNIQLOもそのひとつですが、上記のような企業を流通革命といって誉めた点は、卸を通さずに、同じ商品を大量販売することで、価格を安くしたことに尽きます。これはアメリカなどに比べ、日本の卸売り業者が多いため、消費者価格を押し上げていると断罪する単細胞な非難の結果、生まれた考察です。卸業者の機能は、消費者価格を押し上げるだけではありません。
そして、これらの企業の行った事は、実際には、中国での安い労働力を使って生産したものを販売し、国内産業の空洞化を促進させました。また、大量の低価格販売を実施している企業には、従業員の低賃金、名ばかりの管理職の店長の残業などの問題がある企業もありました。さらに、大量生産の低価格販売は、消費者の嗜好の変化に対応できないため、ダイエーは倒産、他の企業は経営危機に陥り、洋服の青山は次々と商品開発することで消費者の目先を変え、UNIQLOは実質的に低価格販売を止めてしまいました。この議論の要である「消費者に良い」低価格は失われてしまったことになります。
ある地域では、ダイエーの出店により、地元商店街が壊滅していたので、ダイエーが倒産し撤退すると、その地域周辺では車がないと買い物が出来なくなるなどの影響もでました。地域住民が日々の買い物の安値より高い費用を支払わされたことになります。